迷宮の中、闇の幼子

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 どうなるか分からない事務所の未来よりも、目の前の溜まった仕事を片付けるので精一杯だった。五十歳近い部長を本社が東京へ呼ぶとは考えにくい。希望退職させられるのが関の山だろう。  だからといって、同情する気持ちにはなれなかった。絶対に部長のほうがお給料を私よりも多くもらっているのだ。私には扶養家族はいないが、お金に苦労していないわけじゃない。そもそもこんな少ない手取りでどうやって一人で生活しろというのだ。毎日切り詰めるのに必死で、貯金だってままならないのに。  そんな私に、子育て中の女性社員は子どもを育てる苦労をやたらと力説する。自ら金のかかる道を選んだんだろう、自業自得だと思っていた。  いつもの地下鉄で、ふと反対側のホームを見ると男の人が新聞を持って三人掛けの椅子に座っているのが見えた。平日の夜八時過ぎのホームには人はまばらで、その男の人しかいない。新聞を持ち上げて読んでいて、顔は見えなかった。しばらくして、男の人が新聞を膝の上に置いた。私は目を疑った。もう一人、人がいたのだ。
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