迷宮の中、闇の幼子

5/7
前へ
/7ページ
次へ
 小さな二歳くらいの男の子だろうか。丸っこい頭と黒い服が駅の照明に浮かび上がっている。その男の人の肩に足をかけて、顔を(おお)うようにしてしがみついていた。身じろぎ一つせずに、ずっとその状態だ。  あれでどうやって新聞を読んでいたのだろう。男の人は平然と新聞をめくっている。その男の子がそこにいないみたいに。ガタン、と電車が動き出した。ホームが遠ざかって見えなくなるまで、私はその男の子の小さな後ろ頭とそれに隠れて見えない男の人の横顔を見つめていた。  今朝は現金伝票の勘定科目の間違いで怒られた。営業社員が提出してくる伝票の間違いを直すのも仕事の一つだ。私がその間違いを訂正し忘れて部長に渡してしまった。たったそれだけのことで私は部長のそばに立たされて、勘定科目の規定文書を三回も朗読させられた。その間、電話は鳴りっぱなしである。誰も取ろうとしない。  電話を取るのも、上司の八つ当たりを受けるのも私の役目だからだ。向かいに座っている女性社員に、「あんたが怒られているの聞くの嫌なんだからね」と嫌味ったらしく言われるが別に気にならなかった。「余計な失敗して電話が取れないとか、何年仕事やってんの?」と言われて謝った。「役立たず」と続いて言われてまた謝った。いっそ土下座したほうが良かったのかもしれない。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加