1人が本棚に入れています
本棚に追加
超能力が目覚めた。水上を歩けるという能力だ。
六月末のプールの授業で発現した。マジ寒いじゃん最悪とか、太陽頑張れよとか騒ぎながら水に浸かろうとしたらなぜか浮き、生徒教師自分問わず波乱錯乱大混乱の大騒ぎ。試しに走ってみたり、飛んだり跳ねたりしてみても沈むことはなく、ひんやりした水の感触が足裏にあっただけ。病院行っても異常なしとの診断結果。病院や学校はマスコミに知られないよう、箝口令的なものを敷いてくれてるが、いつまで保つかは予測不能。非常に困った事態になってしまった。
ちなみに、風呂にも浸かれなかった。"水を浴びる"はOKらしく、シャワーは浴びれたものの、これからは足湯も温泉も海も川もプールも行けないのだ。神様は何と厄介な試練を私に与えたのか。せめて剣と魔法のファンタジーな世界に転生してから、そういう能力は与えてほしかった。気が利かねぇクソ野郎である。
「__ってことがあったんだけど」
「あははっ、何それー!すっごいファンタジーじゃん!」
「他人事でいいなーお前は!」
「えっ、あっ、ちょ!やめてやめてぇ!脇、脇だめ!あははははっ!」
隣に座っていた神坂陽乃にくすぐり攻撃を仕掛ければ、くすぐりに弱い陽乃は笑いが止まらないらしく、涙を浮かべながら転げ回っていた。ぶわりと潮風が髪を巻き上げる。二個下の陽乃はランドセルを砂浜に放り出しており、可愛いマスコットキーホルダーが砂まみれになっていた。だが、陽乃は構わないようで、ランドセルには目もくれず、浮いた涙を拭いながらくつくつと笑っている。
「ねーねー、じゃあナッちゃんは海の上も歩けるの?」
「試したことはないけど、まーできんだろ。……まさか」
「えへへ、やってやってー!」
「うっわー言うと思った!」
前へ視線を向ければ、豪奢で荘厳な、炎と見紛うほどの夕陽が海の上を滑り、どこまでも広がる海を金と橙に染めていた。雲も夕陽の色に染まり、何ともドラマチックな景色である。
海辺の町住む私__水上夏帆は、こんな光景なんて日常茶飯事だ。陽乃もそのはずなのに、毎回海を見るたび、感嘆の声を漏らして目を輝かせている。海といっても、ゴミやら何やらに汚染された灰色の海なのに。
「……おんぶしたら行けっかな」
「本当!?やってくれるの!?」
「一回だけな!もうやんないぞ!」
「それでもいいの!お願いしまーすっ!」
「はいはい……」
堤防からひょいと飛び降り、靴下と靴を脱ぎ捨て屈んでやると、ぴょんっと軽快な動きで背中に抱きついてきた。そのまま陽乃をおぶり、砂浜を踏んで海に向かう。
さすがに波打ち際なら足は浸かるかなと思ったものの、足は濡れることなく浮遊する。微塵たりとも濡らさせる気はないらしい。呆れ混じりに鼻を鳴らして、ちゃぷちゃぷと海を歩いていった。
「す、すごいすごーい!浮いてる!海の上歩いてるよナッちゃん!ほら、足全然濡れてない!」
「ちょ、暴れんな!落っことしたらお前がずぶ濡れになるんだぞ!」
「でも!すごいよナッちゃん!こんなの初めて!」
ふわああっと足をじたばたさせながら興奮する陽乃。見かけによらず軽いからいいものの、万が一落としたら危ないのだ。本当に大人しくしていてほしい。
「ほら、ブイ浮いてるからここまでな」
「えー!?もーちょっと!もーちょっと歩いて!」
「……別にいいけど」
「やった!ありがとナッちゃん!」
(甘えん坊)
可愛いが腕が疲れ始める前に帰らなくては。
「ねーナッちゃん。沖縄とかハワイって行ったことあるー?」
「ない。あんまり旅行とか行かないし」
「そっかあ。私、いつか行ってみたいんだよねー。すっごい海綺麗なんでしょ?」
「まあ、ここの一億倍は綺麗だろうな」
「やっぱり!ナッちゃあん、いつか連れてってー!」
「やあだよ。金かかるし」
「じゃあじゃあ!」
ピッと空を指差しながら、希望に満ち溢れた声音で陽乃は言った。
「もっと大きくなってさ、いっぱい働いて、お金溜めて、いつか世界一周しよ!」
「世界一周って……大きく出たな」
「色んな海見れるもん!」
「海好きだなー」
「もっちろん!」
歩くたびに波紋が広がる。寄せては返す波は、私をブイの向こう側へ連れて行く気がないらしく、お陰で波の影響をほとんど受けないまま歩き続けられる。
「いつもは碧いのに、日によって何色にでも変われるんだよ?素敵じゃん!ナッちゃんが羨ましいよ。いつでもどんな海でも見に行けるんでしょ?」
「まーね。不本意ながら」
「うぅ、不本意ならその能力ちょーだいよー!」
「あげれるもんならあげたいって!」
きゃっきゃとはしゃぎながらバシャバシャと海水を蹴り、徐々に砂浜へ戻っていった。さすがに疲れてきている。それに、日も落ちてきているのだ。暗くなる前にコイツを家に帰さねば。
(……何色にでも変われる、か)
何も考えてない無邪気な子供だと思っていたが、意外と核心を突く。環境や時間帯によっても、海の色は変わるものだ。なれない色もあるものの、だいたいはどの色にでも変貌できる。
それが、ただそこに在るだけで美しい自然の美。
「ナッちゃん!」
「なーに」
「絶対、絶対行こうね!」
「はいはい」
「絶対だよ!?」
「うん。絶対ね。忘れない忘れない」
「もーナッちゃんてばー!」
軽く頭を叩いてくる陽乃にべっと舌を出しながら、ラスト、と海を駆けていった。きゃーっと陽乃が背中で大騒ぎして、跳ねる水飛沫で制服のスカートを濡らしながら、時にくるくると回って笑い合い、海の上で橙に染められた。
中学二年生の初夏。
幸せだった夏の記憶。
最初のコメントを投稿しよう!