梅雨 悲しみの鮭茶漬け

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「……」 「どうされました?」 「いや。どういった経緯があるにしろ、出来ればあまり若い内にここには来て欲しく無いモノだが」 「優しいですね。でも、それは私たちがどうこう言える事ではありませんので」  店主がそう言うと、ニャン蔵は「分かっている」とふて腐れ気味に答えた。 「本当に、ニャン蔵は人間が好きですね」 「そういうワケではない」 「なぜです? この間の方もわざわざ出迎えに行かれたではありませんか」 「あれは……あの場にいたら危なかっただけだ」 「危なかった?」 「ああ、あの女の後ろにいたヤツ。どうやら地獄逃れの様だったからな」  ニャン蔵の言う『地獄逃れ』というのは、ごく稀にいる現世から天国に行くまでの道のりで意識を取り戻した人間。その中でも「現世で罪を犯しながら、地獄行きを逃れた人間」を指す。  しかし、天国の入り口に入った時点でそういった『地獄逃れ』の人間はすぐに排除されて地獄に連れて行かれるのだが、ニャン蔵が出会った彼女はしばらくその場に留まっていたため、下手をすると彼女が連れて行かれる可能性があったのだ。 「彼女、上手くやっていますかねぇ」 「さぁな」  彼女は「お金も払っていないので、絶対また来ます」と言っていたが、残念ながらこのお店に「二度訪れる」という事は出来ない。  なぜなら、このお店を出ればすぐにこのお店での記憶や現世での記憶を忘れてしまうからだ。  しかも、このお店はここにしかにため、仮に思い出してお店を探しても見つける事すら出来ない。 「現世の記憶はここに置いていく。だから、たとえ現世でお世話になった人がいたとしても、それを思い出す事はない」 「忘れたい記憶も忘れたくない記憶も全てここに置いていきますから。それが良い事なのか悪い事なのかは別として」  まるで他人事の様に言う店主に、ニャン蔵は「はいはい」と興味なさげに軽く伸びをする。 「興味ありませんか」 「まぁ、お代の代わりに記憶をもらっていると思えばそれで終いだからな」 「確かに」  そう言いつつ男性はチラッとキラキラ光るビー玉の様なモノがたくさん入っている入れ物を見る。  このビー玉の様なモノは、ここで食事をした人たちが置いていった記憶が固まったモノで、人それぞれ色は全然違う。  そして、コレこそがこのお店の名前の由来でもあった――。
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