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役割を持たない状態が、これほど心もとないとは思わなかった。この場合は仕事というべきか。外向きには何一つ変わりがなくとも、自身の中で今この時、このためにここにいると正当性を唱えられるだけで心持ちが異なる。
店員や客の女性――主に身なりの整ったご婦人や少女――の視線を感じながら、僕は丸まりかけていた背筋を意識して正した。いくら今日が完全な休日だとはいえ、仕事上の知人に出会う確率は万に一つよりも多い。あそこの使用人は、などと思わしくない噂の火種にされてはならないのである。
「さてそれで、彼の女性は一体どういったものが好みかな」
いや、それを第一に考えるのであれば、そもそも一人でこの百貨店を訪れるべきだった。
丁寧な仕立てをされた外套の裾がひるがえって、空間全てが彼のための舞台装置になり変わる。色とりどりの靴が並ぶ前でくるりと振り返った中西に、僕は密かにため息をついた。
女性ものばかりの棚の前で、体面や他人の目を気にするとは対極の行為。男二人、ただでさえ目立つというのに、通りすがりも含めてさらに何人かの視線を集めていた。
誘ったのは僕だが、つき合わせて申し訳ないという気持ちはすっかり失せてしまった。
「贈り物なら華やかにいくかい? 一人では気後れしても一緒に出掛けるにはいいだろう」
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