3.愛って最強

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3.愛って最強

 何の進展もなく夏休みは終わり、イドハルを目で追うだけの日々が再び始まった。   かんかん暑い空気、じりじり肌を焼く日射し、まったくむかつく。  いらいらしながらげた箱からくつを取り出し、たたきつけるようにフロアに置くと、後ろから声がした。 「うわ、超機嫌悪っ」 「……あーちゃん、おはよ」 「どうしたの、何かあった?」 「何もないからだめなんだよね」 「あー、イドハル? そりゃ見てるだけじゃ何も変わらないでしょ。世の中受身でうまくいくほど甘くないって。やっぱ、ここはもう当たって砕けるしかないんじゃないの?」 「砕けたくない……」 「じゃ、ずーっと見てる? これから先も。自称ファンクラブの堤川さんたちが時々イドハルとしゃべっているのを、指をくわえて見ているだけでいいの? 後悔しない?」  あーちゃんはずずいっと顔を寄せてラメピンクに光る唇でピーチの香りがする息を吐きながら矢継ぎ早に疑問形を放ち、あたしににじりよった。 「いや、指はくわえないけど」 「そんなの、たとえでしょっ。つまんないボケやツッコミはいらないから!」 「う」  このままでいいのかと言われたら、良くないとしか答えようがない。見ているだけでいい、なんて嘘だってもう自分でわかっている。  遠くで見ていたらもっと近づきたいと思う、近くで見たら、、名前くらい知ってほしくなる。  何かあたしに言葉をかけて、ちょっとでいいからこっちを見て、欲求はどんどん高まってためいきが増える。 「後悔……すると思う」  正直に答える。 「じゃあ、がんばりなさいよ」 「どうやってがんばればいいのか、わかんない」 「そりゃもうコクるっきゃないでしょ?」  コクる……。全然知らない女の子がいきなりやって来て好きですと告げたところでイドハルも困るだろう。  誰この人? 知らない人に急にそんなことを言われてもそんなの断るより他にどうしようもないじゃないか、困った顔で「ごめん」と言うしかないイドハルをあたしはリアルにイメージしてしまった。  つまりコクった時点であたしの恋は終わる。  ありがとうごめんねとか言われて、ふられちゃったよとあーちゃんとよしりんに報告して、ファミレスのドリンクバーでうだうだしゃべって憂さ晴らし。     ああ、そんな展開が目に浮かぶ。  じゃあコクっても無駄じゃん。  百パーセント当たって砕け散る。  そんながっくり感に襲われている最中に、招かざる客はやって来た。  いや、客じゃないけど。 「愛ー、なんか用事だって」  廊下側の席にいる子が首だけこっちに向けて大きな声で呼んだ。  腰のあたりまである長い髪。エキゾチックジャパーン、な堤川さんがあたしに一体何の用なのか。 「いっしょに行こうか?」  あーちゃんとよしりんがが心配そうな顔をするから「たいしたことないよ」って笑ってみせた。  だって呼び出されたからって、友達をひきつれて行くのはダサい。  というか、超ビビってると思われる。  正直言えば、髪の長さにはビビっているけどね。  ちょっと考えてから付け足した。 「予鈴鳴っても戻って来なかったら、探しに来てよ」 「わかった」  いつになく真面目な顔でよしりんが頷いた。  やましいことなんて何もないんだから堂々と胸張って行こう! と自分に気合を入れ廊下へ出ると、堤川さんの後ろにはおかっぱ頭の田所さんが背後霊のように立っていた。  あら、二対一?  ならあたしもあーちゃんかよしりんを連れてくるんだった、と思いながら「あたしに用事? 何?」とわざと不思議そうな顔を作った。 「ちょっと、こっちに来て」  さっさと歩く二人に後ろをついて行きながらあれ? やっぱりどこか人目につかない所へ連れていかれるパターン? そこでぶたれたり、突きとばされたりしちゃうわけ? と心配になってきた。 「あなたに、教えておいてあげる。井戸出川さんは誰とも付き合ったりしないから」  突き当たり、角を曲がった階段の下でくるりと振り返り、いきなりの宣告。 「は?」  いきなり、乙女な部分を無造作に鷲掴みされた気分。 「どうしてそんなことをあたしに……?」 「山里さん、最近、よく井戸出川さんのことを見てるでしょう? だから井戸出川さんのことが好きなのかと思って。だったら忠告してあげた方が親切でしょう?」  忠告?  親切? 「それってただの牽制じゃないの?」  言ってから後悔した。  失敗!  こんな言い方をしたら、好きなことを認めたも同然じゃないか。  わーん、訂正したい、今のナシって言いたい。  頬が熱くなって、思わず自分の爪先を見る。 「井戸出川さん、当分彼女を作る気はないらしいから」  えーと、つまり、それって……。 「堤川さん、井戸出川さんに直接そう言われたの?」 それはかつて告白して、フラレたという実体験に基づくものなのだろうか。 「ちょっと、そういうこと聞くのって無神経じゃない?」 後ろから田所さんがずずいと出て来て、あたしを睨んだ。 「どっちが」  田所さんに反論しようとしたあたしを堤川さんが遮る。 「そうよ、あたし、ふられたの」 悔しそうに小さな唇をきゅっと噛む。 「でもあたしはふられたって井戸出川さんのことを好きだし、ファンとしてずっと応援したいと思っているの」  それは立派です。 でもあたしには関係のないことだから、教えてくれなくてもいいんだけど? 「彼がモデルだからって興味本位で近づかないでくれる? そういうの、迷惑だから」  田所さんが髪をふりたてて、がみがみ言う。 田所さんってこういうキャラだったんだ、堤川さんの後ろでひっそりうんうん、そうですねって頷いているだけの子だと思っていたのに。 「本人に言われるならともかく……」 「そんなこと、思っていたとしても井戸出川さんの口から言えるわけないじゃない。そんなこともわからないの?」 「うん。わからない」 だんだん面倒臭くなって、早く教室に戻りたくなった。 「用がそれだけなら、あたし、戻るけど?」  まだ何か言われるかと思ったが、堤川さんはそれ以上何も言わなかった。 え、このまま帰していいの? と田所さんが不満そうに言う声が聞こえたがあたしは背中を向けたままずんずん歩いた。  いきなりダッシュしてきて背中に飛び蹴りくらったりしないだろうな、と背中に神経を集中させつつ前方を睨んでいたが、足音もせず、ずいぶん距離もあいたようなのでほっとして廊下を曲がったとたん、ばたばた追いかけてくる足音が聞こえて、背中にどん、と体当たりされる。  まさか田所さん?  ぎょっとして振り返るとはあはあ息を弾ませるあーちゃんとよしりんの顔があった。すぐそばにある二つの頭が「飼い主を心配して見守る忠実な飼い犬みたい」に思えてとぎゅうと抱きしめてよしよし、となでまくりたくなる。 「よーし、よしよしよしっ」 「なによう。髪がぐしゃぐしゃになる」 「愛、壊れた?」  忠実な二匹の犬は逆に自分たちの方が飼い主だと思っているらしい。二人であたしの頭をなで、背中をさすり、教室へと連れて行ってくれた。 「もしかして二人ともついてきてくれてたの?」 「連れて行かれるのが見えたからやばいかなって思ってあわてて追いかけて、隠れてた」 「でも、たいしたことなかったねー」 「堤川、ふられてたんだ」  ふられても好き。そう言いきった堤川さん、よく考えるとたいした女だ。  ふられたらそれでお終い、めそめそ泣いて落ち込んでがんばって忘れる、なんてことはしない。だって好きなものは好きだから。  ただ見ているだけのあたしからすれば、お見事あっぱれ、だ。  田所さんはどうなんだろう。  堤川さんといっしょにイドハルの回りをうろうろしているのは、堤川さんの友達だからなのか、イドハルが好きだからなのか、モデルのイドハルを単純に応援しているからなのか。  あるいはそれ全部、なのか。  髪が長すぎるビジュアルのせいで堤川さんの方が目立つから気付かなかったけど、田所さんの方が謎だ。  授業なんて当然うわのそら、、部活に出ても絵なんて描けない。  ちょっとあたし用事あるから、と嘘をついて部活に出るあーちゃんとよしりんにバイバイして家に帰ったものの、当然外はまだ明るい。  イドハルを見ていたことが他の人にもバレているなんて思わなかった。  でも、イドハルにはあたしの気持ち、伝わっていないよね。  思っていることは、言葉にしなきゃわからない。  でも伝えてどうする?  あたしの気持ちなんて、聞かされても困るだけだ。
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