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  「連絡したよ! なのに大雅全然出てくれないんだもんっ、寒かったぁ、早く部屋に入れてよ」  マコトと呼ばれる女性は撫でるような声を出し松田くんの腕に絡みつく、私を見るなりキッと睨み敵意を見せた。  一瞬で悟った、ああ、彼女は松田くんが好きなのだと。 「あの、私帰るので、じゃあ失礼しました」 「水野さんっ! ありがとうございました、気をつけて下さいね!」  最後までマコトは松田くんの腕にしっかりと絡み、私の事を睨んでいた。  二人の腕が絡んでいる所を見たくなくて足早にその場を離れた。 「え……」  自分の目が熱い、ツーっと頬が濡れる。頬が濡れてから気づいた、自分の目から涙が流れている事に。涙が溢れて止まらない。 「あはは……何で今更……」  好き。松田くんが好き。  今更自分の気持ちに気付くなんて遅すぎた――  駅の階段を駆け上り、ギリギリ電車に乗れた。  なるべく人の目にうつりたくなくドアの方を向き俯きながら立つ。ガラス窓に反映して映る自分の涙でグシャグシャな顔。「はぁ……」と溜息が留めなく出てくる。  自分の目の前の扉が開いた。やばい、と思い急いで顔をさらに俯かせ人から見えないよう避ける。 「……真紀?」 「……橅木」  偶然橅木に遭遇してしまった。橅木は目を見開いて驚いた顔をしている。多分私の顔を見て驚いたのだろう……いい歳した女が泣いてグシャグシャの顔で電車に乗ってるいるのだ、そりゃ驚くだろう。 「真紀、飲み行こう」 「え?」  扉が閉まりますとアナウンスが鳴るギリギリ、橅木に手を引かれ電車を降りる。 「ちょっと、行かないわよ」 「もう降りちゃったんだし、俺の奢りだからよ」 「……じゃあ行こうかな」  正直一人で家に帰ってもただただ松田くんの事を思い出して一人で泣いていたかもしれない。いい気分転換になると思い無言で橅木の後を着いて行くことにした。 「お前なんかあったんだろ?」 「っつ……やっぱり顔やばいよね」 「やばいってもんじゃねーよ、ボロボロじゃねーか」 「店着いたらすぐ化粧直すわ」 「おう、もう着くぞ」  着いた場所はよく橅木と涼子の三人でよく来ていたバーだった。入社したばかりの頃は同期の三人で仕事終わりによくここに寄って一日の出来事や愚痴などを吐いて家に帰ったもんだ。 「あ~久しぶりだね」 「だろ? もう二、三年来てないんじゃないか?」 「涼子が子供産まれてからだからその位になるかもね」  扉を開くとカランカランと音が鳴る。なにも変わっていないお店の雰囲気に騒ついていた心が少し落ち着く。  暗めの照明にゆったりとしたジャズ音楽が流れている。このお店はバーなのにカウンター以外に個室もあるので集まる時は個室をよく利用した。今日もたまたま個室が空いていたので橅木と二人で入る。 「あ、私一回お手洗い行ってくる」 「おう、良く顔見た方がいいぞ~」  ニヤニヤと私に笑顔を向ける橅木。いつもそうだ、誰かが落ち込んでいると必ず笑顔で励ましてくれる。そんな橅木の明るさに何度も救われているのは事実だ。  女子トイレに入り鏡を見て分かりきってはいたが自分の顔を見て愕然とする。目は真っ赤に充血し、マスカラもアイラインも落ちて目の下が黒く滲んでいる。泣いたのがバレバレだ。  直すにも直しようがない化粧にとりあえず落ちたアイラインとマスカラを拭き取りアイシャドウだけを塗り直す。ファンデーションもほぼ落ちていたがもう気にしない事にした。幸い店内は薄暗い照明なのでそこまで見えないだろうし、一緒に来ているのは橅木と言う安心感もある。  橅木の元へ戻るとメニューを見ながら「ウーン」と顎に手を当て悩んでいた。 「お待たせ」 「お、真っ黒いのが無くなったな!」 「大変お見苦しい物をお見せしました」 「ははは、サクッとなんか食べようぜ、腹減ってんだよなぁ」  なんでも笑い飛ばしてくれる橅木の優しさが身に染みる。  お腹が空いている橅木は焼きおにぎり、海鮮サラダ、唐揚げとポテトの盛り合わせ、飲み物はビールを注文した。私は食欲が無かったので食べ物は特に頼まずスッキリしたい気分だったので白ワインを頼んだ。 「ほら、一個くらい食べろよ」  橅木はお皿に乗っていた焼きおにぎりの一つを小皿に移し私の目の前に置いた。 「……ありがとう」  久しぶりに食べた焼きおにぎりの味は昔から変わらず外側のカリッと焼かれた部分が香ばしく美味しい。 「美味しい……」  美味しくて、悲しくて、色んな感情が入り混じりまたジワリと涙が溢れそうなった。 「本当ここの焼きおにぎりは美味いよな~」  特に何も聞き出される事もなく橅木は黙々と注文した料理を平げていく。お互い黙り込みお酒を飲んだ。既に橅木のジョッキは空になっていたので注文を取るため呼び出しボタンに手を伸ばす。 「橅木はまたビールでいい?」 「ん、ああ、ありがとう」  ビールと白ワインを注文し、また沈黙。  先に沈黙を破ったのは橅木だった。 「真紀さ……なんかあったなら言えよ? お前がそんなに泣くなんて相当だろ」 「あ~橅木にはなんでもお見通しか~」 「そりゃ何年一緒に働いてると思ってんだよ、八年だぞ、八年」 「だよね……まぁ失恋しちゃったんだよね私」 「っつえ!? お前好きな人いたの!?」  そんなに驚いたのか橅木は飲んでいたビールをバンっと置いた。 「いたと言うか……気づいた時に失恋決定した的な?」  自分で言っていて情けなくなる。涙がみるみるうちに溜まり瞬きをしたら零れ落ちそうだ。 「ほら、これで拭けよ」  橅木が手渡してきたタオルはまさかのお店のおしぼり。「もうっ!」と言いつつ素直に受け取りおしぼりで目を押さえる。冷たいおしぼりがひんやりと泣いた目を冷やしてくれ気持ちいい。 「失恋決定って相手は聞いてもいいのか? 俺の知ってる奴?」 「……まぁ知ってるかな」 「あ~会社の奴か……」  察しのいい橅木は多分私の好きな人が松田だと気づいたかもしれない。けれど名前までは聞いてこなかった。 「真紀はさ、なんでも頭で考えすぎなんだよ、いや、それが真紀の良いところでもあるんだけど恋愛となるとなんつーか感情? その場の勢いってのも大事だと思うぞ」 「……恋愛マスターみたいな事言うわね」 「恋愛マスターだったらとっくに彼女出来てるよ……失恋決定って言ってたけど真紀は自分の気持ちを相手に伝えたのか?」 「……気づいたのさっきだもん」 「まだ、決まったわけじゃないんだから泣くのは早いんじゃないの?」 「でも彼女の事マコトって名前で呼んでたし、家にも来てた」 「んなもん俺だって真紀の事名前で呼んでるし、家に行った事あるだろ?」 「まあ確かに……部屋には入れてないけど」 「んな細かい事はいーんだよ、もし彼女がいるんだったらその辺はしっかり聞いた方がいいぞ」 「……聞きたくない」 「それでも聞かなきゃ始まらない、何もしないで終わるなんて一番スッキリしない」  ど正論を述べられ反論する余地もない。 「……だよね」 「まぁ、また泣く事があれば俺の胸貸してやるよ」 「橅木のか……まぁ我慢して借りるわ」 「ったく、そのくらい言い返せれば大丈夫だろ、ほら、どんどん食べろ」  更に料理を追加し、お酒も進む。橅木のお陰で少し気持ちが楽になったかもしれない。  ちゃんとハッキリさせないとモヤモヤしたままだよね……  二人で飲んで食べて会計は六千八百円とかなり高額になってしまったのにも関わらず橅木は俺が誘ったんだからと全額奢ってくれた。本当にいい同期だ。  終電には間に合ったので電車に乗る。橅木は私の降りる駅より確か二駅後。 「真紀」  いつもニコニコしている橅木の真面目な表情。何かを言おうとしている事が表情から伝わる。これは長年の付き合いの勘だ。 「ん?」 「俺から見ればその男は真紀の事が大好きってオーラが隠しきれてないから、そんな男が急に彼女が出来るとは思えないんだよな、やっと真紀が好きになった奴がそんなゲスな奴な訳無いと思う」 「……うん」 「それか俺と付き合う?」  真面目な顔で言うものだから、ドキッとしてしまった。でも私が好きなのは松田であって、橅木ではない。 「橅木……ごめん」 「なーんてな! 冗談に決まってるだろ? 真紀は好きじゃない奴に告白されてもしっかりと断れるんだから、もう最初から答えは出てたようやもんだよな」 「んなっ! 真剣な顔するから本気にしちゃったじゃん!」 「俺って俳優になれるかもな!」  橅木は耳まで真っ赤にしてはにかんで笑った。その赤さは照れなのかお酒のせいなのかは分からない。 「……きだったな」  電車の音で橅木の声が消された。なんて言ったのか分からず聞き直そうとしたが、電車が止まり私の降りる駅だ。橅木は「じゃあな」と私の頭をポンと叩いて手を振る。  電車のドアが閉まるのを見届け、駅のホームを出た。 (橅木、多分私が松田くんを好きって気づいたのかな……)  橅木の言葉が胸に残る。  橅木が言うようにずっと好きだと伝えてくれていた松田くんが急に彼女を作るとも思えない。いや、思いたく無い。でも、もしかしたら何度も告白され何度も断っているからもう私の事は諦めてしまったのかもしれないけれど。  駅のホームを出て自宅まで歩く。冬の冷たい風が泣いて腫れた目にじんわりとしみた。  部屋に入りササっとシャワーを浴びベットにドサっと寝転んだ。  今日一日の事を目を閉じて振り返る。  思い出しただけでズキッと心臓が痛み深い深い溜息がとめどなく溢れてしまう。  松田くんの風邪が良くなったらマコトの事を聞いて自分の気持ちを伝えようと決心しながら眠りについた。
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