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「マコト!?」 ……名前呼ばないでよ。 「待ってたよ~、一緒かえろ」 ……一緒に帰ってるのは私なんですけど。 「あーじゃあ三人で帰る?」 ……は? あんた何言ってるの?  プツンと張り詰めた糸が切れたように私の中の何かが勢いよく切れた。 「お二人でどうぞ、先に帰ります」  自分でも驚くくらい冷徹な声が出たと思う。  自分の身体が真っ黒い闇に飲み込まれていくかのようだった。私の心は昨日彼女を見た時からコップに入った黒いなにかが表面張力でギリギリ保たれているような状態だったのに、その黒い何かの表面張力はついに耐え切れず溢れ出す。もうこれ以上自分の中にある黒い何かを増やしたくない。  その場に居れず走って二人から逃げた。  彼女に対する嫉妬が溜まりに溜まって溢れ出した―― 「はぁっ、はぁっ、ぐすっ、はぁッ」  次から次へと勝手に涙が溢れ出す。それでもこのどす黒くもやもやした感情を振り払うように全力で走った。  歩いている人をどんどん抜かし駅まで走る。 「え!? おい! 真紀!」  グッと腕を引かれ止められたがその腕は松田くんではなく橅木だった。 「うぅっ……なんで橅木なのよぉ……」 「お前松田と帰るんじゃなかったのかよ」  そのはずだった。  ついさっきまで一緒に居たのに。  一緒に帰るはずだったのに。 「ったく、とにかくこっち来い」  ボロボロに泣いてる私を道の端に寄せ橅木はスーツのポケットからハンカチを出し涙を拭ってくれた。 「……何があったんだよ」 「っつ……ごめん、何でもない……」 「水野さんっ!!!」  松田くんに呼ばれた気がした瞬間、私は橅木の腕の中にいた。グッと強く抱きしめられ橅木の胸に顔を埋める。 「んん……橅木どうしたの……」 「なぁ松田、お前も大事な後輩だけどな、真紀も俺の大事な同僚なんだよ、こう何回も泣かされちゃ俺も黙ってられねーよ?」 「泣くって……水野さんどうして……」 「お前はマコトちゃんを大事にすればいいよ、真紀は俺が大切にするから」 「……マコトちゃん?」  ――聞きたくない。 「水野さん……こっち向いて下さい」  こんなグチャグチャな嫉妬でまみれた私を見られたくない。ギュッと力を入れ橅木にしがみついた。 「真紀は話す事なんて無いってよ、じゃあな松田、また明日」  橅木に肩を抱かれその場を後にし、電車に乗り込んだ。  松田くんがどんな表情でこちらを見ていたのかは分からないが、もし顔を見てしまっていたら酷いことを言ってしまいそうだった。  そのくらい私はマコトに嫉妬していた。 「橅木……ごめんね」 「何があったんだかさっぱり分かんねーけど、真紀がまた泣いてるってただことじゃ無いだろ、ほっとける訳ないだろ」 「……またマコトが来てた。さっきそこで会って一緒に帰ろうって、そしたら松田くん三人で帰ろうとか言うんだよ? 酷すぎるわよ……何が私のこと好きよ……」 「さっきは松田一人だったけど、まぁ確かに三人で帰ろうはデリカシーが無さすぎるな」 「もう好きになんなきゃよかったかな……」  好きと言う感情を知らなければこんな苦しい思いしなくて済んだのかもしれない。こんな黒い感情にまみれることも無かったのかもしれない。 「俺は今の真紀も好きだよ、やっと人間になったなって感じ」 「なにそれ! 元から人間なんですけどっ」 「ははは、今日は帰ってきちまったけど、明日ちゃんと松田と話せ、話さなきゃお互い分からないこともある」 「……話せるかな」 「嫌でも会社で顔合わせるんだから話せるよ」 「いや、それはそうなんだけど……」  あっという間に私の降りる駅に着いた。 電車から降りる際に「頑張れよ」と私の頭をポンと軽く叩いて笑顔で見送ってくれ、少しだけ気持ちが和らいだような気がする。
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