会社では内緒ですーー1

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会社では内緒ですーー1

 ピピピ、ピピピーー  朝のアラームで目が覚める。まだ眠たいとなかなか開かない瞼を擦り薄目でスマホを確認するとメールが一件届いていた。  松田からのメールに、ドキンと胸が高鳴り目が大きく見開いた。時刻を確認すると昨日の夜零時過ぎにメールが来ていたみたいで寝ていて気づかなかった。  "今日は最高の日になりました。明日からもよろしくお願いします、おやすみなさい"    な、なんてまめな男だ、と感心する。その癖私は……メールなんて発想一つも浮かばなかった。 (恋愛に遠ざかりすぎてて恐ろしい……こんな事思いつかなかったわ……)  朝から自分の恋愛能力の低さを痛感し、緊張しながら会社に向かう。毎日同じ道を歩いているはずなのに、今日はいつもより道がキラキラしているような気がして、両思いになった恋愛脳の恐ろしさも痛感した。 (つ、ついに着いちゃったわ……)  ゴクリと生唾を飲み込み、会社のドアに手を伸ばす。  このドアを開ければ多分九十パーセントの確率で松田くんがいるだろう。ニヤケそうになる顔をギュッと引き締めドアノブを回す。 「おはようございます……」 「あ、水野さん、おはようございます」  いつも通りな松田くんに拍子抜けしそうになる。もしかしてこんなに意識しているのは私だけなのかもしれない。そう思うと急に恥ずかしくなり松田くんから顔を逸らしてしまった。  コツコツと松田くんが近づいてくる足音がする。 (やだ、私だけドキドキしちゃってて、今絶対顔赤いもの、見られるの無理!!!) 「水野さん」 「な、何かしら」  チュッとわざと音を立て私の頬にキスをし「意識しすぎ、可愛い」と耳元で囁いた。 「んなっ!!!」 「そんなんじゃバレちゃいますよ?」  お前のせいだー! と叫びたくなったがグッと我慢をしフゥーと一息、平常心を保つ。 「し、仕事始めるわよ」 「はい」  その後はいつも通り仕事をこなせたと思う。  昼休憩になりいつも通り涼子をランチに誘い会社を出る。喫煙所にいる橅木が目に入ったので強引に腕を引きランチに誘った。 「なんだよ真紀〜、なんか言いたい事があるんだろ?」  本当に勘の鋭い男だ。でもその通り。松田くんと付き合う事になった事をこの二人には自分の口から伝えたい。  一番最初に松田くんと食べに来た中華料理店に入る。  涼子も橅木も初めて来たらしく、良い店だね、と喜んでいた。  涼子は青椒肉絲セット、橅木は麻婆豆腐丼、私は八宝菜セットを注文した。  料理が来るまでの間それはそれはすごく尋問された。 「で、結局松田と真紀は上手くいったと」 「そうなんです、お二人には色々助けてもらいありがとうございました、そしてこの事はどうか内密に」 「真紀の言い方! どこぞの悪い人みたいな、でも本当あたしは嬉しい、おめでとう真紀」 「俺も嬉しいよ、松田に幸せにしてもらえよ?」 「いやいや、結婚じゃないんだから」 「「するかもよ?」」  涼子と橅木の声が重なり三人で笑った。  結婚……ずっと一人で生きて行くと思っていた私に急に見えた結婚という兆し。  松田くんとなら上手くやっていけそうだな、料理も上手だし……なんて一人プチ妄想をしていたら料理な運ばれてきていた。  美味しいと二人とも言ってくれたのでよかった。  本当にこの中華料理店は穴場な店だ。松田くんに、いや松田に教えてくれた部長に感謝だ。  二人にはお世話になったのでここの会計は自分もちにする為に先に席を立ち会計を済ませた。 「真紀、あたし達の分まで本当にいいの?」 「いいの! 二人にはこれからも相談に乗ってもらうかもしれないし」 「俺の相談料はたけぇからな!」  三人で会社に戻ると私のデスクの前にムスッとした顔で松田くんが待ち構えていた。こんな光景この前もあったような…… 「水野さん……」 「ま、松田くんどうしたの?」 「別に……何でもないです」  明らかに不機嫌な松田くん。ドスッと椅子に座りバチバチ音を立ててキーボードを打ち始めた。 「ありゃ、俺にヤキモチ妬いたな」 「えぇ!? なんでよ……」  「まぁそれは真紀の事を独占したい欲じゃない?」 「独占欲……」  私が誠に嫉妬したように松田くんは橅木に嫉妬をしているのだろうか。少し顔がニヤケそうになる。嬉しい。    松田くんはほぼ独り立ちし、一緒に行動する事が少なくなった。午後の業務も別々だったので松田くんと顔を合わす事が意外と少なかった。 「寂しいな……」  休憩室で一人激甘のコーヒーを飲む。無駄に静かな空間。  松田くんの顔が見れない寂しさが急に込み上げてくる。 「なんで寂しいんですか?」  後ろから松田くんの声が聞こえ持っていた砂糖とミルクがたっぷりの激甘コーヒーを落としそうになった。 「うわっ、松田くん!?」 「もしかして、俺に会えなくて寂しかった?」 「なっ……違うわよっ」 「ふーん、じゃあいいです」  ツンとそっぽを向いて会議室の方へ松田くんは歩いて行ってしまった。 「……やっちゃったかな」    はぁ、と両手でこめかみを抑えてズーンと気分が落ちる。   (……素直に寂しかったって次は言おう)  グッと激甘コーヒーを飲み干し仕事に戻った。  仕事が終わったのは夜の十九時。デスクを見るとまだ松田くんの鞄が残っていた。 (まだ松田くん居るのね……待ってみようかな)  松田くんと一緒に帰る為に自分の椅子に座り松田くんを待つ。  つい最近の自分からは想像もできない。彼氏の仕事を待つ自分……  何とも幸福な温かい浮遊間に包まれている気がした。
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