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 パチっと目が覚め、携帯を確認すると時刻は朝の六時半。 アラームは七時にセットしているがいつもアラームより早く起きてしまう。  朝ごはんは割とちゃんと用意する事が習慣づいているのでミルクティーを淹れ、食パンを一枚焼いている最中にハムエッグを焼く。ハムエッグにはレタスを添え、ワンプレート朝食の出来上がりだ。  チンっとトースターの音と同時に食パンの焼けたいい匂いと、淹れたてのミルクティーのいい香りが部屋に充満している。  食べ終わったお皿も洗い、軽く化粧をし、しっかりと長い髪の毛をポニーテールにし、身なりを整えアパートを出た。  朝の満員電車とまではいかないが混んでいる電車に乗り込み会社へ向かう。  地球温暖化のせいか九月の朝でも少し歩けば汗が出るくらい日差しが強い。  電車内も汗をかいている人でいっぱいで何とも言えない匂いに顔歪める。  三駅と割と近い方だが朝の電車程嫌なものはない。何度ももっと近くに引っ越そうかと考えたが行動まではうつせず、いつの間にか八年が経っていた。  ピッと社員証をかざし会社に入る。 自分の部に入ると既に松田くんが既に出社していた。 (い、いるっ。随分早いじゃないの……) 「あ、水野さんおはようございます」 「おはようございます、早いのね」 「そりゃ新人ですから早めに来ないと!」 「偉いわね」 「てか水野さん、俺の昨日の話覚えてます?」  ニコニコしながら私の顔を覗き込んでくる。  まさか松田自身から昨日の話題を出してくるとは思いもしていなかった。  いや、思いたくなかったのかもしれない。ここは忘れたフリをするのが一番の得策だろう。 「ん? 忘れたわ」  ふいっと顔を逸らす。 「忘れたって絶対覚えてるでしょ? それとももう一回思い出させてあげましょうか?」  いつの間にか私の顔の真横に松田の顔が近づいていた。  振り向いたら唇が当たりそうなくらい近い。  恋愛経験値の低い私にこの近さはかなりハードルが高すぎて、心臓の高鳴りが鳴り止まない。  ドッドッドッと身体を裂くんじゃないかと思うくらいうるさい。  けれどそれを悟られないよう、私は平然を装った。 「結構です、もう仕事するわよ」  松田の方を一切見ず仕事の準備を始める。 「……まぁ俺は全く諦めてませんよ」 「……っつ!!」  足の爪先から頭のてっぺんまで一気にピリッと電撃が走る。  松田くんが私の耳元に優しく蕩けるような声で囁くものだから彼の吐息が当たって、くすぐったいとはちょっと違う、なんとも言えない反応をしてしまった。  咄嗟に松田の方を向いてしまったが為、目の前にあの真っ黒な瞳が真っ直ぐと私を捉えた。 「やっとこっち向いてくれましたね」  優しい声…… 「な、何言ってんのよ! 会社なんだから! ほかの人が来るから離れなさいっ」  松田は私の頬を優しく左の掌で包み込み右の手は私の腰に回して、またあの瞳で私を見つめる。 「ねぇ、思い出しました?」 (もうダメっ、無理、耐えられないぃっ) 「なっ、お、思い出したから離してっ」  ジタバタするものの、やはり男の力には敵わない。 それでも私の頬を包む松田の左の掌は優しく、熱かった。 「じゃあ許してあげます」  パッと松田くんから解放され、朝からどっと疲れが出る。 「はぁ……さっさと準備しなさい……」 「分かりました」  完璧に四つ年下の男に玩具のように遊ばれている気がする。  こんな時恋愛経験値の高い女の人ならどうあしらうのだろうか。涼子に聞いて…… いや、聞いたら根掘り葉掘り聞かれると言う拷問に合いそうだ。自分で考えるしかないか……  朝の疲れが取れないままお昼の時間になった。 「水野さん、お昼一緒に食べませんか?」  昼休みの時間になり松田にランチを誘われた。けれどそんな危険なランチに行くはずがない。恐ろしい! 「いや、私は涼子と食べるから」 「でも仕事のことで色々聞きたいことがあるんですが」 「え……じゃあ午後からでいいでしょ?」 「いいわよ、真紀、新人君が困ってるんだから聞いてあげなよ」 「えっ、ちょ、涼子っ!!」 「櫻井さん、ありがとうございます、じゃあ水野さん行きましょう」  ニヤリと松田くんが笑ったのを私は見逃さなかった。   (この男涼子が行ってこいって言うのを分かってて言ったな……) 「ちょっと、離してよっ!!!」 「やですよ。絶対離さない」 「な、何言ってるのよ……」  松田に腕を引かれそのまま引きずられるように会社を出た。
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