ーーーーーーーーーー松田side3

1/1
前へ
/52ページ
次へ

ーーーーーーーーーー松田side3

 声を振り絞って話してくれたのか、小さい声で彼女は話し始めた。  もちろん俺は「なんでも聞いて下さい」と返事を返した。 「じゃ、じゃあ聞くんだけど……私の事いつから好きなの? 入社した日から……だよね?」  ん? 俺が真紀の事を好きって事をもしかして信じ切れていないとかか?  確かに出会い頭にキスをしてしまったしな…… 「あー……、ん、まぁ真紀に好きだと伝えたのは入社したその日だったんですけど、その……これから言う事、聞いて嫌いにならないでくださいね……」 「もちろんよ」  彼女と同じ会社にやっとの思いで入社できて、すぐに告白した。その時にちゃんと言えばよかったのかもしれない。貴女のことがずっと、ずっと昔から好きでした、と。でも本当に些細な事で彼女はきっと俺の事なんか覚えてないだろう、それが怖くて言えなかった。  それでも今彼女がこんなにも不安に押しつぶされそうになっているのなら、俺のプライドなんてどうでもいい。 「……じゃあ言っちゃいますと、俺が真紀の事を好きなのは八年前、まだ俺が高校生だった時からです」 「……え? だって会ったことないわよね?」  キョトンと驚いた顔で俺を見つめている。訳の分からない俺の話に動揺しているのだろう。やはり覚えていなさそうな反応だ。  覚えていないとわかっていても、いざ本人に覚えてない反応を取られると凹む。  彼女の手を取り寝室に連れてきた。ここにずっと彼女に隠していたものを置いてある。  本当はずっと言うつもりはなかった。俺にとっては人生を左右するほどの大きな出来事だったが、彼女にとっては記憶の片隅にも残ってないほど些細な出来事だったのだから。  それでも彼女が不安になっている今こそ、俺の事を知りたがってくれている今こそ話すべきなのかもしれない。  八年前の本当に些細な出来事を。 「これから俺の過去について長々と話しちゃいますけど……真紀を好きになったきっかけは本当に些細な出来事だったんです。その出来事が俺にとってはとても重要でガラッと人生が変わりました。人生の分岐点だったのかも」  産まれてすぐに施設に入った俺は親の顔なんて知らない。誰に産んでもらったのか、誰と誰との子供なのかなんて全く分からず、施設にいる事が普通、そう思っていた。  子供ながらに親がいない事を理解していたのか全く寂しいという感情は湧き出てこなかった。  むしろ寂しいって何? 美味いの? レベルだったと思う。  施設には色んな子供達がいて俺と同じように親に捨てられた子もいれば、不慮の事故で両親を亡くしてしまった子もいた。  大体そのような理由がある子達はこの施設に入るときは大泣きをし「お家に帰りたい! 嫌だ!」とか言って泣き喚いている子が殆どだった。  俺はそんな子を見ても何とも思わなかった。なにこいつ泣いてんだ? としか思わなかった。  今思えばかなり感情的な物がかなり欠けていたんだと思う。  そんな中で誠がこの施設に入ってきた。  俺と同じで親に捨てられたらしい。物心もついている十歳、親に捨てられたという事実が受け入れられないのか誠は荒れ狂うように泣き叫び、帰らせろ! ママに会わせろ! と泣き狂っていた。  そんな誠を見ても俺はうるせぇな……としか思えなかった。  たまたま俺と誠は同い年だったので寝る部屋を一緒にされた。正直あんな泣いてうるさい奴と一緒とかだりぃ、としか思えなかった。  誠は泣きながら俺の使っている部屋に入ってきた。 「……松田大雅、よろしくな」 「……グスッ、清水誠」  名前だけ教えたのでもういいだろうと思い立ち去ろうと立ち上がった時に誠に腕を掴まれた。 「……何?」 「俺って母さんに捨てられたのかな……」  やっと少し落ち着いたと思ったら矢先にまた目に涙を溜めて俺に聞いてきた。  そんなもん知らねー! と突き放してしまいたかったが部屋に入る前に施設の先生に優しく仲良くしてあげてね、と釘を刺されたばかりだった。 「まぁ、そうなんじゃね?」  俺なりにオブラートに優しく言ったつもりだった。なのに誠はうわーんと更に大きい声で泣き出した。 「ったく、俺だって産まれた時に親に捨てられてるんだから十年育ててもらっただけいーんじゃねーの?」 「……赤ちゃんの時から一人なの?」  鼻を啜りながら涙を部屋に置いてあったティッシュで拭い、驚いた表情で誠は俺を凝視した。 「そうだよ、俺は零年だけど、お前は十年なんだからいーじゃねーかよ、うるせぇからメソメソ泣くな」 「……うん」  この日から誠が泣き叫ぶように泣く事は無くなった。  それからと言うものの誠は金魚の糞のように俺の後をついて周り、猫のように俺の前で甘えるようになった。  小学校でもクラスが違うのにも関わらず休み時間のたびに俺のところへきて朝も帰りも一緒。  俺と誠は揶揄うのが大好きな幼稚な小学生の恰好の餌食だった。  あいつら男同士なのに付き合ってる。  あいつら施設で暮らしてて親がいなくて可哀想  あいつら貧乏なんだぜ。  あいつら、あいつら、あいつらと何かと俺と誠は二人セットで揶揄われていた。多分イジメの対象にされていたのかもしれない。何を言われても俺は本当にこいつら馬鹿だな、としか思えず特に腹が立つとかはなかった。  誠はかなり気にしていつも泣きべそをかいていたがグッと手を握りしめ口をムッとつむり誠なりに頑張って耐えていたのだろう。  けれど限界が来たのか一人の男子生徒を思いっきり殴ってしまったのだ。  かなり先生に怒られたが誠がその事件を起こしたおかげでいじめも少なくなり、噂も七十五日と言って暫くすれば揶揄う奴もいなくなった。  それからは至って普通の毎日だった。  かと言って友達が増えた訳でもなく常にくっついて来る誠と二人だった。  そのまま小学校は卒業し、中学に入学した。  中学生になると一気に周りにカップルが増え、俺も告白は何度もされた。けれど付き合うとかよく分からなくて面倒くさいし、まず好きという感情がよく分からなかった。  誠に好きとは何だと聞いてみた事があった。 「心臓がドキドキして、一緒にいて幸せな気持ちになる人とかかな」なんて少し照れて言うので好きな人がいるのかと思ったら「居ないよ! 」と誠は全力で否定してきた。  特に部活動に入部する訳でもなく、学校が終わったら真っ直ぐ施設に帰り年下達の面倒を見るの日々の繰り返し。何も変わらず誠と二人、中学三年間過ごしてきた。  中学三年になり、受験モード真っ只中。  俺は一番お金のかからない歩いて通える距離の公立高校を受験し、誠も一緒の高校を合格した。  高校生になりアルバイトを始めた。少しでも自分のお金は自分で稼いでいつかこの施設を出て行く時のために貯金もしておきたいと考え、施設の近くの文房具屋でレジ打ちや、商品の品出しなどをしていた。  うちの施設の子供も大抵はここで文房具屋を買うのでしょっちゅう施設の子供達が買い物に来る。  高校三年の夏。  特にやりたい事もなかった俺は就職組だったので夏休みは毎日アルバイトに励み独立資金を貯めていた。 「こんにちはー!」  明るく大きな声で店内に入ってきた女性に俺は一瞬で目を奪われた。  外は燃えるように暑い炎天下。頬を真っ赤に染め上げ額に薄らと汗をかいている女性。  艶やかで綺麗な真っ黒の長い髪の毛を一つに縛っていたのでつい頸が綺麗でみ惚れてしまった。  息をするのを忘れるくらいにーー
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

571人が本棚に入れています
本棚に追加