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5 短いエンディング
「響、今日ヒマ?」
「今日は予定があるんだ。悪いな。」
「了解!」
これは妄想ではない。僕はニスカリカと分かたれた日から、妄想の頻度を少しずつ減らした。妄想に価値を見いだせなくなってしまったのだ。
「今日の講義は…」
僕は親の希望通り地方の国立大に進学した。僕の親達は、すっかりヨリを戻して再婚してしまった。それは幸せなことだけど、喧嘩は毎日絶えずに行われているらしい。僕の親らしいけれど、少し心配だ。でも大丈夫だろう。喧嘩は仲が少し良くないと、長くは続かないから。
友達ができた。美味しいご飯も腹いっぱい食べられた。親たちも再婚した。僕の妄想のほとんどは実現されてしまった。僕の妄想はこんなスケールが小さかったのかと笑う。さすがに軍曹にはなれなかったけれど。
でも一つだけ今もしている妄想がある。もし僕が二スカリカの記憶が戻って、その後の生活を送れたらという妄想だ。妄想をやめたあともこの妄想だけは消えなかった。まるで呪いみたいだった。二スカリカから連絡がなかったことを考えると、実現は不可能だろう。
「この空間に置いて…」
授業を聞きながら、僕は将来を考える。妄想ではなくて、想像だ。僕は将来、小説家になるつもりだ。それが過酷で厳しい道でも、この道を進みたいと心から願ったのだ。そしていつか、僕のありえないけど本当にあった幻覚の話を書くのだ。
今日の講義が全て終わって、空は赤く煌めいていた。風はうつろげに吹いていて、夏の訪れを肌に教えてくれた。
僕はこのありきたりな生活を、死ぬまで続ける。それが、人生だから。
ふと、誰かに後ろから抱きしめられた。
「これ、プレゼント。」
その声は優しくて、時間が止まった。
首にネックレスが巻かれた。有名なロゴが描かれていて、ちょっとした高級品だ。
「久しぶり、響くん。」
彼女は僕の手を掴んでそう言う。その手は冷たくて、なのに僕の体は発熱した。
「二スカリカ…なのか?」
彼女は白髪から黒髪に変わっていて、顔も数年分の成長が感じられた。でも凛とした美しさと可愛らしい笑顔は変わっていなかった。それが、たまらなく嬉しかった。
「私の顔、忘れたの?」
「だって、だって……」
僕は泣きそうになる。でも懸命に堪えて、笑いかける。
「おかえり、二スカリカ。」
「ただいま、響くん。」
僕達は笑い合う。そして空白の2年間を互いに埋めあった。僕が1番驚いたのは、彼女の誤解が解けて、友達が前以上にできたことだ。僕が必死についた嘘のほとんどは、実現されていた。
「どうしていなくなったの?」
「君の記憶が無くなった時が怖くて、逃げたんだ。謝るよ。」
「その謝罪、受け入れるよ。ふん。」
僕は本当に下らない決めつけをしていた。彼女の記憶は戻らないと勝手に強迫観念に縛られ、彼女を置いていってしまった。本来、許されないことだ。でも彼女はその罪を許してしまった。
「どうして、すぐに会いに来てくれなかったんだ?」
「それはね……秘密。」
「どうして?」
「さあ?」
またはぐらされてしまった。絶対ロクな理由じゃない。
「じゃあどうしてネックレスをくれたんだ?」
「ふむふむ、それなら答えてあげましょう。」
彼女ははにかんで続ける。
「前にブランド物の価値が分からないって言ってたよね?きっとブランド物って、その人の価値を高めてくれるんだよ。自分の好きな人のためなら、尚更ね。」
「……そうか。」
「嬉しい?」
「……秘密だ。君も秘密にしてるからな。これでおあいこだ。」
僕達は妄想から始まって、現実で再会した。
僕はこのありきたりじゃない現実を、死ぬまで続ける。それが、人生だから。
君が生きていることが、僕の人生の意味だ。
「明日はどこに行こうか。響くん?」
僕は曖昧に答える。彼女は微笑んだ。
それは、愛だった。
二スカリカの微笑 おしまい
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