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ダブり これにて決着
50年前。
「ああああ。ダリい。まあいいや今年も留年だべや」
かったるそうにヘスティアは言った。
「また留年かい?ティア」
去年何とか卒業したエレクトーラ・アガメムノンは、食堂のおさんどん業務で、食材の仕込みをしていた。
キッチンから、バターと野菜のいい匂いが広がっていた。
「まあ、あたしは留年するくらいがちょうどいいんだべや。エレクトーラ、ちっちゃかったあんたも、ついに卒業したんきゃあ。食堂の女将として頑張ってくれや。またシチュー食いに行ぐから」
「あんたは相変わらずだね。もうちょっとおっぱいおっきくならなきゃ、卒業も出来なきゃ結婚も出来ないよ」
「おめ何言ってんきゃあ?あたしは永遠に結婚せん。あたしは」
キッチンの守り神。つまり、あんたを。
あんたの腹に出来た子も。
あんたが結婚しても、あんたがここにいる限り。決してどこにも行がねえべや。
これは、武闘派の処女神が立てた誓い。
コトコトと鍋が煮立ち、優しい火と、匂いに満ちた、平和なひとときの話だった。
「アカデミーの真のキッチンの守護者は、エレクトーラの方だったのよ。エレクトーラ、久し振りね?」
「校長先生じゃないのかい?どうして?」
「私は今は星母神ガイアよ。そこにいるティアもそうだった。実は、神ヘスティアは、ずっとアカデミーのキッチンを守ってたのよ。貴女が卒業後に妊娠して、アカデミーの母になってからもずっと、1人でキッチンの平和を守っていた」
「よく解らないけど、しょっちゅうシチューがなくなってたんは、魔王さんじゃなかったんだね」
「私が盗み食いなどする訳があるまい。さっさと出せ。いつもの美味い奴を。アースツーで最高の料理を」
「もう病気は治った?ルルコットのジュースは飲んだのね?」
「無論だ。勇者から電話を受けて、ババアを探していたら体を壊して臥せっていた。お下げ眼鏡の絶叫ジュースを飲ませたのだ。さっさと食わせてやるがよい。このおぼこ、早い話がシチュー欠乏症にかかっていたのだ。私の分もあるのだろうな?!いつもシチューを持ってこいババア!」
「しょうがないねえ。南の大陸にはシチューがないのかねえ。ほい。エレクトーラの特製シチューだよ?」
ヘスティアの前に置かれた、ホカホカのシチューに、そっとスプーンを通した。
「美味ああああああああああい!負けだ!あたしの負けだべや!」
仰け反ったヘスティアの目尻には、涙が滲んでいた。
「まだまだ引退には早かろうババア。このシチューを受け継ぐ者が現れるまで働け」
「そうだね。誰かが卒業してくれたらね?」
エレクトーラと魔王の視線は、ヘスティアに注がれていた。
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