ep.8

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 彼は優しいから自分の体のことのように心配してくれるだろう。展示会を含めてまだ3回しか(先日研究課に来た時を1回と数えていいのか分からないが)会えていないことに、ひどく寂しさを感じた。 「……っ、嘘、お腹、痛い……」  三神峯はふと、動きを止めて腹部をおさえた。  それまで違和感でしかなかった腹部の痛みが、ズキズキとした痛みに変わる。冷たいゼリー飲料を飲んだのがまずかっただろうか、そんなことを考える間もなく冷や汗が滲み出て呼吸が苦しくなり、耐えきれずシンクに手をついてその場に座り込んだ。  先日談話ルームで襲われた痛みとほぼ同じようなものだ。主治医から体のどこであれ、痛みが頻繁に続くようであれば必ず来るようにと釘を刺されていたことを思い出したが、今日だって片付けなければならない仕事がたくさんある。 (吐きそう、やばい)  痛みに触発されたのか、ぐ、と胃から異物が込み上げる。反射的に手で口を押さえたが、トイレまで動くどころか立ち上がる力すらなかった。何度か空咳を繰り返して必死に抑えようと試みるも、落ち着く気配は全くなかった。 (ここで吐きたくはなかったけど……仕方ない、か)  三神峯は諦めて胃の中のものを吐き出せば少しは楽になるかと思い、せり上がってくる異物を嗚咽(おえつ)とともに手の中に吐き出した。ここが社内であればもう少し理性も保ったが、幸いにもここは自分の家だ。フローリングが汚れても後で掃除をすればなんとでもなる。 「え……」  ――手のひらで受け止めきれなかった赤い液体が、キッチンマットを染めた。予想をしていた、通常の吐瀉物(としゃぶつ)とは違ったものだ。
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