ep.8

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 思わずこぼれたため息に、後ろ側に座っていた他の社員が椅子に座ったまま移動して三神峯の顔を覗き込んだ。まだ社員が残っていることを忘れていたと三神峯は慌てて笑顔を取り繕う。すでに帰り支度をしていた彼は、三神峯の言葉を聞くと安堵の表情を浮かべた。 「ならいいんだけど。……あ、バイオ医学の件、研究進めてたから明日には三神峯にまとめたデータ渡すよ」 「ありがとうございます。まだ手を付けられていなかったので助かります」  無理するなよ、と言ってオフィスを出て行った社員に礼を言い、赤で修正が入った報告書を見返した。  修正と言っても的確な指示があるわけではない。中田も坪沼も修正内容くらい自分で汲み取って考えろ、いう人だから、ただただペンで印が付いているだけだ。何をどう修正すればいいのか見当がつかないが、何かしら修正をしないことには永遠に滞るばかりである。 (……まあ、破られたり丸々やり直しになるよりマシか。明日中に中田主任の承認をもらって、坪沼係長まで確認してもらえばなんとかなるかな。あとは開発課に連絡して、週明けすぐに打合せしてもらえば……)  半分暗くなったオフィスを見渡して、嘲笑(ちょうしょう)にも近い笑みがこぼれた。  結局、今日も最後の一人だ。主治医からは「今日くらい、少しでも早く仕事を切り上げて休むように」と念を押されたはずなのに、今日だって何時に帰れるかわからない。この報告書をすぐに片付けたとしても、デスクの上には確認しなければならない案件が山積みなのだ。  そんなことを考えていると、ふと突然、誰もいなくなったオフィスに内線電話が鳴り響いた。 (この時間に珍しい。主任宛て? 開発課かな)
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