ep.8

18/26
前へ
/192ページ
次へ
「……ありがとう。お疲れ様さま」  これ以上彼の声を聞いていたら、ぼろぼろと弱音が出てきてしまいそうだ。そう思って話を切り上げようとすれば、御堂の声が、おどけたような声から急に優しい声に変わった。 『……お疲れ様。本当に、本当に無理はしないでね。時間なんか気にせずに電話してきていいから』 「うん。そうする。ありがとう」 『体、辛くない? この前薬研課に行ったときまだ顔色悪そうだったから。……あと、手の傷の具合はどう? 化膿しなかった? ……心配だよ』 「……御堂さん。大丈夫だよ、心配してくれてありがとう。落ち着いたらまた連絡するね」 『――……そう? じゃあ、また今度ね』  電話の向こうの御堂はまだ何か言いたげな雰囲気ではあったものの、早々に御堂との電話を切ってしまった。  三神峯とて、本当はもう少しだけ声を聞いていたかった。事実を話しても話さなくても、御堂に心配をかけているのは同じことだ。そんな曖昧な態度しか取れない自分が本当に嫌になった。 (和樹、まだいるのかな。でももう21時過ぎてるしさすがに帰るかな……)  ――今、営業部のフロアに行けばきっと御堂に会える。少しでもいいから御堂に会いたい。でも、会いに行ったらきっと自分の中の何かが崩れてしまう気がする。  そんな思いを振り切るように三神峯は赤でチェックされた報告書とデータを見比べながらパソコンに向かうが、どうしても集中ができなかった。 「……このままじゃいつまで経っても終わらないよ……」  終わりの見えない仕事の山と、ズキズキと痛む胃、集中できない自分に募る苛立ち。主治医から言われた言葉を思い出して、三神峯は腹部を押さえた。  気づけば足は、エレベーターに向かっていた。
/192ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1512人が本棚に入れています
本棚に追加