ep.8

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 いくら諏訪は展示会で面識があるとはいえ、普段関わりがない研究職が突然営業部を、それも夜も遅い時間に尋ねることに疑問を抱かれないだろうか。三神峯はためらいながらそう言うと、諏訪は三神峯をオフィスに招き入れながら元気よく答えた。 「いますよ! 今オフィスに御堂主任しかいないので、どうぞ中入っちゃってください!」 「ごめんね」 (ここが営業一課のオフィスかあ)  営業一課のオフィスを見渡せば諏訪の言う通りたしかに人はいなかった。奥でデスクに向かっている御堂を見つけて、安堵のため息がこぼれてしまう。諏訪の声に振り向いた御堂が三神峯の姿を捉えた瞬間、驚いたようにオフィス入口のカウンターまで駆け寄ってきた。 「三神峯さん、どうかした? 何かあった?」 「……あ、いや、えっと……」  どうかしたのか、と聞かれてしまえば答えに困ってしまう。ここに来た真っ当な理由などない。ただただ、足が自然と向いてしまっただけだ。 「――、そうだ、景、ちょっとこっちに来て」 「え?」  答えようとしない三神峯に何か感づいたのか、御堂はオフィスの奥へと案内する。一緒に居たはずの諏訪はいつの間にかいなくなっており、御堂に聞けば諏訪は忘れ物を取りにきただけだから帰ったんじゃないかな、と返された。  職場では名字でしか呼び合わないはずだが、突然名前を呼ばれたことと御堂と二人きりのオフィスという事実に少しだけ緊張が高まる。 「ここ、座っていいよ」
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