ep.8

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 そう促されたのは御堂の隣の席の椅子だった。誰のデスクなのかもちろんわからないが、隣の御堂のデスクと比べると随分と書類が散らかっている。  言われた通りに椅子に座ると、御堂は満足したようにパソコンに視線を戻した。このメールだけ送るからちょっと待ってね、と言葉を続けて。 「……まだ仕事終わらないの?」 「ん? うん、今日風邪で休む社員多くてさ。代理で訪問してきたのと、パンフレットの校了が近いから処理してた」 「代理で……」  最近寒くなってきたからなあ、と当たり前のように話す御堂に三神峯は噛みしめるように言葉を繰り返す。主任という肩書がついた社員が誰かの代理で動くことなど、今の三神峯の頭にはないからだ。  ああでも、よく考えれば去年までの主任はそうだったかもしれない。そんなことを考えながらキーボードを叩く御堂の手元を見つめていると、彼は言葉を続けた。 「景はちゃんと休めてる? 連絡がなかったから心配してたんだよ」  御堂の声は優しかった。優しかったからこそ、連絡をしていなかった自分が御堂を傷つけていたような気がして心が痛かった。 「……うん、大丈夫。ごめん、今スマホ壊れてて。なかなか修理に行けなかったから……」 「……そっか」  パソコンに目を向けたまま少しだけ寂しそうにこぼした御堂に、言い訳に聞こえただろうかと慌てて三神峯は言葉を続ける。 「ごめん、怒ってる、よね。ずっと既読すらつけてなかったし。無視してたわけじゃなくて、本当にスマホ壊れてて」 「大丈夫、わかってる。心配はしたけど怒ってないよ。むしろ何もできなくて俺の方こそごめんね」
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