ep.9

4/28
前へ
/192ページ
次へ
 三神峯は一番奥の901と書かれたプレートの前で立ち止まると、首を傾げながら鞄の中からカードキーを取り出した。プランを思い返しているうちに険しい表情になっていたらしく、なんでもないよ、と慌てて首を横に振る。 「……景はここに住んで長いの?」 「いや? 2ヶ月くらい前に引っ越してきたばっかだよ」 「てことは夏に引っ越し? 珍しい時期だね」  三神峯が促すまま家の中に入りながら問えば、彼は少しだけ気まずそうに笑いながら答えた。 「うーん、帰りが遅くなってから徒歩でも帰れるところにしたくて。不動産屋に行ってじっくり探す暇もなかったし、物件情報サイトで調べたらこのへんしかなかったから仕方なく」 「そうなのか……」  別にこんなにいいマンションじゃなくてもいいんだけどね、三神峯はそう続ける。聞けばそれまでは学生時代に住んでいたマンションを引き続き利用して電車で通勤していたが、帰りが深夜や明け方になると終電にも始発にもタイミングが合わず、しばらくは1時間近く歩いて帰っていたらしい。一度帰り道で貧血を起こしてから仕方なく引っ越しをしたのだという。  2か月前に越してきたという部屋は、見渡してもたしかに必要最低限の家具以外何もなかった。 (生活感も全くないな。まあ、家にいる時間が少ないんだろうから仕方ないんだろうけど) 「すぐに終わるから、ちょっと座って待ってて」
/192ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1511人が本棚に入れています
本棚に追加