ep.9

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 寝室であろう隣の部屋に入っていった三神峯を見ながら、部屋の中央に置かれたソファーに座って御堂はぼんやりと考える。ソファーとローテーブルはもちろん、隣の部屋のベッドですら使われている形跡が全くない。本当に寝るためだけに帰っていると言っても過言ではないだろう。  テーブルの端に重ねられた専門書やかごに丁寧に整列された郵便物と内服薬の袋くらいが、唯一三神峯がここで生活していると思えるものだ。 (何の薬飲んでるんだろう。数が多い気がするんだけど)   御堂とて、曲がりなりにも製薬会社に勤めている身だ。三神峯ほど薬の効用に詳しくはなくても、ある程度は知識として持っている。内服薬の袋に手を伸ばそうとしたとき、三神峯がソファーの上から御堂を覗き込んできた。 「和樹、待たせてごめんね。どうかした?」 「……大丈夫だよ。忘れ物はあった?」 「鞄に入れたからもう大丈夫。ごめんね、リップ持っていこうと思ってたのにすっかり忘れちゃって」  そう言った三神峯に御堂は短く返事をすると彼の顔に手を伸ばす。  その滑らかな肌の感触を楽しむかのように指先を滑らせれば、三神峯は目を細めて御堂の指にすり寄ってきた。部屋に差し込んでくる日差しが三神峯の長いまつ毛をきらきらと光らせ、ふわふわと御堂の顔にかかる彼の髪がひどく愛おしい。  甘い香りは、彼が使っているシャンプーだろうか、それとも香水だろうか。 「……景、今日、展示会に行ってもいい? 展示会って言ってもカワウソのキャラクターのポップアップストアなんだけど」 「カワウソのキャラクターって、この前うちの栄養ドリンク商品とコラボしたキャラクター?」 「そう、それ。結構好きなんだよね」
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