ep.9

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 まともに彼のプライベートを見るのは初めてで、ふわふわとした私服も柔らかい表情も堪らなく愛おしいと思った。触れていたい、抱きしめたい。そんな感情が抑えきれず、髪にごみが付いていたと嘘をついて思わず柔らかい髪を撫でた。三神峯は御堂の嘘を疑わずに受け入れている。 (……でも、手の傷、残ったんだな)  かつて割れた試験管を刺してしまったという左手の傷もよくなったらしく、今では手の動きも問題なく出来るようだった。だが、袖に隠れる手のひらには痛々しい傷が残っている。まだ傷が完全に治りきっていない、というのもあると思うが、きっとこれは一生残る傷になってしまっただろう。 「和樹、次、ポップアップストアに行く?」 「……あ、うん」 「どうかした?」  スマートフォンを鞄にしまった三神峯はポップアップストアが開催されているポルコ方面を指して御堂を見上げたが、手の傷に気を取られて反応が薄くなってしまった御堂を見て不思議そうに首を傾げた。 「何でもないよ。行こうか」  小さく笑った三神峯に安心し、彼が持っていたスマートフォンショップの紙袋を受け取る。それくらい自分で持つよ、と三神峯は慌てていたが、恋人の前でくらい恰好つけさせてよ、と冗談めかして返せば照れたように笑って御堂に従った。恰好をつけたいのは嘘ではないが、左手の傷がどうしても気になったというのが本当の理由なのは内緒だ。 「すごい、結構人がいるね」 「今日からみたいだし、期間限定だからかな。疲れてない? 大丈夫?」 「大丈夫だよ」
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