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ふと低い声が静かなトイレに響く。一気にその場が冷え切った雰囲気を感じて視線を移せば、よりにもよってそこにいたのは御堂だった。彼は大股で近寄ると、男性の手首を握り上げて三神峯から引き離した。
「みどうさ……」
「これ以上触ったら警察呼ぶからな」
「チっ、痛ってえな、最悪。萎えたわ」
人に見られたせいか、声を低くした御堂に凄んだのか、男性は強気な言葉を残しつつも逃げるようにその場を離れる。力が抜けそうになる体を洗面台で必死に支えた。
ああ、彼になんと説明しよう。そもそもこういうところを見て普通に軽蔑するのではないか。というか、自分が逆の立場なら見ていないふりをしてしまうし、反応に困ってしまうだろう。そんな場面に巻き込んでしまった御堂に、申し訳なさしか感じなかった。
「すみませ……っ」
気持ち悪い。胃痛と口の中で入り混じる唾液に気持ち悪さが相まって吐きそうだ。急にせり上がってくる胃液をかみ殺すように口を押さえて洗面台に手をつけば、御堂が背中を擦ってくれた。
「大丈夫だから、口、濯いで」
「うっ……」
「気持ち悪い? 吐いてもいいよ。大丈夫」
「うえっ……げほっ」
「よしよし、苦しいな」
ぽんぽんと擦る手はどこか優しくて、気持ち悪さも胃痛も抜けていくような気がする。結局口の中の唾液を吐きだしただけで胃液までは出てこなかったが、落ち着くまで御堂は背中を擦ってくれていた。その間、誰もトイレに入ってこなかったことが救いだった。
「すみません、御堂さん……」
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