ep.9

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 顔に触れた柔らかい布がハンカチだと気づくのに時間はかからなかった。優しく触れるハンカチは髪を梳くように汗を拭い、そのたびに触れる外気が心地いい。  おそらく通りがかった人に何度か大丈夫ですか、と声をかけられたが、そのたびに御堂が強く抱きしめて大丈夫です、と答えていたのを、ぼんやりとする意識の中で聞いていた。彼の腕の中で身じろぐたび、大丈夫だと言うように背中を擦ってくれた。 (和樹の手、安心する)  どれくらい御堂に抱きしめてもらっていただろうか。  御堂の胸に頭を預けながら深呼吸を繰り返せば暗かった視界が徐々に明るくなり、あれほどうるさく鳴り響いていた耳鳴りも消えて周りの音がクリアに聞こえてくる。ふと気が付くと、強く握ったせいで御堂のカットソーに皺ができてしまっていた。 「ごめん、たぶん貧血で……」 「大丈夫、焦らなくていいよ」 「でも、服に皺が……」 「大丈夫、大丈夫。気にしなくていいから」  御堂の腕の中で顔を上げれば、心配そうな表情を浮かべた御堂がもう一度強く抱きしめてきた。御堂の肩越しに他の人と目が合ってしまい、気まずさと恥ずかしさから隠れるように彼の胸に顔を埋める。御堂の鼓動も、少しだけ速くなっている気がした。 「かずき……」 「ごめんね、無理させたね。本当にごめん」  御堂は三神峯を抱きしめながら、何度も謝罪を口にした。貧血になったのは自分の体調管理ができていなかったせいであって、御堂が謝るようなことではない。そう言おうと思って御堂の胸から離れると、彼は眉を下げたまま腕から解放し、優しく三神峯の目元をなぞった。 「景、今日は帰ろう」 「え……」
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