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「気にすんなって。もう大丈夫? ……って、すみません、慌てたもので失礼な口利きを……」
「いえ、助かりました。こちらこそ変なところをお見せしてしまってすみません。もう大丈夫です」
御堂は気にしていない様子だが、三神峯自身、穴があったら入りたいほどいたたまれない。他人に、それも同性に襲われたあんな醜態を、唾液だけとはいえ吐き戻すような汚いところを、これから一緒に仕事をする人に見せてしまったのだ。
(ついてない……)
朝から中田主任からは理不尽な言いがかりをつけられるし、新幹線では痴漢に遭うし、会場では襲われるし。ついでに同じ会社の人に見られるし。朝からついてない一日だと落ち込みながら三神峯は御堂の一歩後ろを歩く。後ろから見ても御堂はスラっとした佇まいで身長が高いな、と思っていると、ふと御堂が自動販売機の前で立ち止まった。
「三神峯さん、水でいいですか?」
「いえ、そんな」
「まだ始まるまで時間ありますし、現場も今なら任せてて大丈夫なんであちらで少し休みましょうか」
御堂はそう言って、断る暇も与えずに自動販売機で買ったペットボトルの水を差し出した。彼が示したのは角のラウンジスペースだ。たしかに展示会が始まるまではまだ時間があるし、せっかくの彼の気遣いを無下にはできない。
「すみません、ありがとうございます」
「唇、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。……先ほどはすみませんでした。お恥ずかしい限りです、男のくせにあんな……」
「いや、男女関係ないと思いますよ。嫌な思いをしたのは間違いないですし、逆にもっと早く来ていればと後悔してます。あの男、一発殴っておけばよかったとも」
まさかそう言われるとは思わなかった。拍子抜けするような発言をする御堂に何も返せずにいると、彼は言葉を続ける。
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