ep.9

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「……やっぱり。気づかなくてごめん。あのとき取りに戻ったリップって、このことだったんだな」  御堂の指に付着した赤は、三神峯がつけていた色付きのリップクリームの色だった。つい最近「お前の色のない唇が気持ち悪い」と中田に注意されたばかりで、それ以来赤に近いピンク色の色がついたリップクリームで唇の色を誤魔化していたものだ。  もちろん今日リップを塗っていたのは御堂を誤魔化そうとしたわけではなく、ただ単にせっかくのデートなのだから少しでも見栄えを良くしたかっただけだが、三神峯自身そのつもりであっても貧血を起こしてしまった以上御堂には言い訳にしかならない。 「これは……っ」  三神峯の唇は、御堂の指で拭われたことで赤い色が半分剥がれてしまった。ばつが悪そうに半分色を失って白くなった唇を噛んだ三神峯に、御堂はそっと口を開く。何を言われるか構えたが、御堂の口から出た言葉は意外なものだった。 「色がないのは心配だけど、リップなんか塗らなくても景は景だと思うよ」 「……は……」 「今日は出かけるから、きっと俺のことを考えて塗ってくれたんだよね。ありがとう」  まさか、御堂にそう言われるとは思わなかった。隠していたことを咎められるかと勝手に思い込んでいた。そして、この色を失った醜い唇を見て幻滅されるとも。  御堂がどういう意図でそう言ったのか、三神峯には理解が追いつかなかった。御堂に返す言葉を探しているうちにタクシーが到着して何も答えることが出来ず、誘われるがままタクシーに乗り込んだ。
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