ep.9

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「和樹と一緒にいるのは楽しいし、安心するし、もっと触れていたいって思う。キスも、それ以上のことも。……もっと、したい」  今までで一番、切ない誘い文句だと思った。こんなにボロボロで、少し強く触れただけで壊れてしまいそうなのに。御堂は目頭が熱くなるのを堪えて、三神峯の涙を拭った。 「……たくさんしよう。デートも、ハグも、キスも。もちろん、その先も」  溢れてくる涙は止まることを知らず、三神峯は頷くのがやっとだった。 「お客さん、もうすぐ着きますよ」  タイミングを見計らったかのように、運転手は優しい声でそう言った。その言葉に顔を上げて窓の外を見れば、ちょうど茅場町の駅の表示が見えたところだ。降りる準備しないとね、と涙を拭うように渡されたハンカチはふわふわで柔軟剤のいい香りがした。いい香りで、どこか安心する。涙を拭っている間、御堂はタクシーを停車させた運転手に決済手段を伝えていた。  車内でうるさいほどに流れていたラジオはいつのまにかボリュームが小さくなっていて、もしかしたら会話が聞こえないようにしてくれた気遣いだったのかもしれない、と今更ながらに思った。
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