ep.9

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「……じゃあこれ、景のマグカップとタオル。あとこっちはスマホショップの袋。今日はゆっくり休んで……」  タクシーを降りたマンションの前で、御堂は手に持っていた袋を差し出す。この袋を受け取ってしまったら、御堂とはまたしばらく会えなくなってしまうだろう。いくらメッセージや電話で話ができるとはいえ、仕事で時間が合わないとそれすらも叶わなくなってしまう。 「和樹は、ここから電車で帰るの?」 「ん? うん、そのつもりだよ」 「お願い、……帰らないで」  こぼれた言葉は、紛れもない本音だった。御堂が驚いた顔をしたのがわかったが、言葉を取り繕おうとは思わなかった。 「そんなかわいいこと言われたら、帰れないよ」  困ったなあ、と御堂は笑う。その声は甘くて優しい、どこか泣きそうに震えた声だった。
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