ep.10 *

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 どれくらいそうしていただろうか。三神峯が戸惑ったようにこちらを伺っている。苦しいよ、と困ったようにこぼしたが、それでも腕の力を緩めたくはなかった。正直、完全に自分のエゴイズムだ。 「…………?」 「……ごめんね」  しばらく沈黙が続いたあと、ようやく絞り出せたのは、たったそれだけの言葉だった。 「何が……?」  何が、と問われても、その先の言葉が見つからない。何に対して謝っているのだろう。三神峯が苦しんでいたことに気が付けなかったことなのか、それとも今彼を離したくないことなのか。結局言葉を探すのを諦めて、ただただ沈黙を受け入れてしまった。 「お願いだから、謝らないで」  沈黙を先に破ったのは、三神峯だった。 「……俺、展示会に同行することが決まったとき、正直どうして研究課から行かなければならないんだろう、って思った。薬の効果や製造技術なら臨床部か製造部で十分だし、せめて行くなら開発課じゃないかなって。ただでさえ新しい創薬テーマを告げられたばかりで研究の概要書も予算書も作らなきゃいけなかったし、他の研究にも遅れが出ていたしでいっぱいいっぱいだった」 「それは本当にごめん、俺もまさか薬研課から来てくれるとは思わなくて……」 「大野田部長と泉崎部長は仲が良いからね。よく一緒に飲みに行くみたいだよ」  泉崎は営業部の一課と二課を担当する部長で、いわゆる御堂の直属の上司だ。御堂のことをよく可愛がってくれており、展示会の担当を勧めてくれたのも泉崎だった。おかしそうに笑って、三神峯は言葉を続ける。
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