ep.10 *

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 指先に、温かい感覚がした。止まっていたはずの三神峯の涙だった。泣かせるつもりはなかったんだけどな、と困ったように笑い、御堂はもう一度涙を拭う。 「それから三ヶ月後くらいに彼女から妊娠したって報告をされて。結婚も控えていたし、もちろん新しい命が誕生するのは喜ばしいことだと思ってる。だけど、俺の機嫌を伺うように言われたのが、一番許せなかった」 「――……」  あの時最後に彼女に伝えた言葉は何だっただろう。もう一年前のことだ、いい加減立ち直らなきゃいけない。癒えたと思った傷からじわじわと血が滲むように、痛みが溢れてくる。意を決して、御堂は口を開いた。声が、唇が、体が、ひどく震えていた。 「――俺ね、子どもが出来ない体なんだよ。だから絶対に、俺の子を妊娠なんてするはずがないんだ――」  彼女にそう伝えたあとのことはよく覚えていない。浮気の証拠も集まっていたし、病院からもらった不妊の証明を見せればこちらが当たり前のように優勢で慰謝料も何もかも一発だった。  周りは浮気をした彼女が悪い、お前は悪くないと励ましてくれたが、きっと不妊のことを早く伝えなかったことが悪かったのだと自分を責めた。 「毎日吐くほど辛くて、でも職場ではそんな顔は見せられなくて。そんな時、医薬品のフィードバックをしたときに返信をしてくれる薬研課の社員の対応が丁寧で嬉しかった。承知しました、当たり前だけどそんな返信ばかりの中に、その薬研課の社員は必ず労りの言葉とお礼の言葉を並べてくれた」
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