ep.11

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 金剛沢は三神峯の隣に座ってタブレットを開きながら、複雑そうな表情を浮かべる。おそらく彼もかつては時間の縛りに苦労したのだろう。三神峯も苦笑いを浮かべた。 「……もう慣れたものですけどね」 「ちゃんと残業申請してるか?」 「一応はさせてもらってます」 「そうか、ならいいんだけどな」  共立ファインの定時は朝の9時から夜の18時までと決まってはいるが、三神峯や金剛沢のような研究職に限っては労働時間を個人で設定できる裁量労働制を選択することができる。もちろん裁量労働制のほうが時間に縛られることなく研究に没頭できるため、ほとんどの研究職が裁量労働制を選んでいるが。  ただし裁量労働制が選択できるようになるのは入社して五年目以降、または前職で三年以上の経験があるキャリア・プロフェッショナル枠として採用された社員と決まっている。  金剛沢の言う通り入社してまだ五年に満たない三神峯は必然的に一般職と同じ定時制だった。正直定時というものがわからなくなっているが、書類上は過去五年分の労働時間を考慮することで過度な労働環境にならないように、という労働時間の管理が名目らしい。 「いくら誤魔化そうとも共立ファイン(うち)はいいのか悪いのか、パソコンの起動履歴とオフィスの入退室記録が管理されてるので隠せないですからね」 「はは、そりゃそうだ。……にしても、最終的な打ち合わせする予定だったのに悪いな。資料、助かった」 「いえ、最終確認程度ですし大丈夫ですよ。今日の打ち合わせですが……」 (――切り替え早いな。さすがだ)  資料の話を口に出した途端、それまでふわふわとしていた三神峯の雰囲気と顔つきが変わった。真剣な表情に動揺しつつも、研究に向き合おうとする姿勢は金剛沢にとって好印象だった。
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