ep.5

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「……おととい、俺が出張に出たから研究が回らなくて、同じ課の社員が明け方まで残って仕事をしていたんだって」 「うん」 「無理が祟ってその社員は昨日休んじゃったんだ。そのせいだけじゃないけど、研究、全然進んでなくて結局部長とか開発課から催促されたらしくて。……たぶん、主任も鬱憤が溜まってたみたいで。昨日、戻ったら殴られて。今の研究を仕上げるまで帰るなって言われてこの時間まで残っちゃった」 (それってパワハラだし、普通に暴力沙汰なんじゃ……)  正直その話を聞いた御堂は怒りを通り越して呆れすらした。本来ならあってはならないことだ。人事部にでも言えばこの問題が浮き彫りになって大人しくはできない問題だ。特に働き方改革に力を入れている昨今は特に。  思わず三神峯を問い詰めそうになる衝動を抑えて、御堂はなるべく優しく尋ねた。 「……それ、薬研課の他のみんなは知ってるの?」 「うん、知ってるよ。知ってるって言うか、こういうのはリーダーが仕上げるのが当たり前だから。……あ、でも、俺もこんな時間まで残るつもりはなかったんだよ。特に金曜は0時過ぎると空調も止まっちゃうから早く出るつもりだったんだけど」  おかしいだろ、と強く言っても変わることはないのだろう。それに、営業部の御堂が人事部や上層部に薬研課が疲弊していると訴えても余計に拗れるだけなのが(ことわり)だ。御堂はやるせない気持ちを抑えこむために、隣で歩く三神峯の手を握った。 「いっ! ……った……!」  その途端、三神峯が反射的に手を振り払って痛がりだした。 「え! ごめん、爪かなんかで傷つけた?」  慌てて御堂も手を離し、彼が押さえる左手に目を向ける。その白い手は、いくつも絆創膏が貼られていた。
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