ep.5.5

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 その言葉に三神峯は耳を疑った。  研究が遅れていることはこれまでずっと自分のせいにされていた。三神峯の報告書の出来が悪いから、三神峯が十分なデータを取らないから。主にそれを言っていたのは中田と坪馬だったが、それにしても、突然中田に矛先が向かうなどそんなこと今まであっただろうか。  考え事をしていた三神峯を現実に引き戻したのは、中田の声だった。 「三神峯ぇ、いつまでそんなクソな演技してるの? 早くしろよ」 「……っ、はい」  胃の不快感はまだ続いていたが、中田はあからさまに機嫌の悪そうな声で蹴りながら三神峯を催促した。立ち上がってほうきとちりとり、タオルを持ってくると割れてしまった試験管の前に膝をついた。  業務上、試験管を割ってしまうことは珍しいことではない。だが、劇薬を扱うこともあるぶん、扱いには細心の注意を払わなければならないものだ。何本も割れてしまえば、その理由を追及されるに違いない。 (月曜、課長になんて説明しよう……)  試験管に入っていた薬品が劇薬じゃなくてよかった。  床にこぼれた薬品を拭き取り、試験管の破片を丁寧に片づける。見ている暇があれば破片の処理でも手伝ってくれればいいものの、それをすることは絶対にない。もう慣れたものだから構わないが、彼が口癖のように大声を上げている「働き方改革」を実現するならば手伝うのが筋ではないだろうか。 「あー……クソ、マジで腹立つ!」  中田は相当虫の居所が悪かったのか、目の前で試験管を片付ける三神峯の背中を思い切り蹴りつけた。三神峯はバランスを崩し、思わず目の前に手をついた。  ――それはちょうど、試験管の破片を集めた場所に。
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