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「どっか痛いのか? しっかりしろ」
力強い声色はどこか三神峯の意識を現実に引き留めてくれた。駆け寄ってきた彼はどうしたらいいのか一瞬だけ躊躇いつつも、腹部を押さえていることに気づけば腹が痛いのか、と三神峯の前に膝をつき、背中を擦り始める。
「……三神峯?」
ふと彼が何か気付いたようにこぼした三神峯の名前に、三神峯も思わず顔を上げる。霞む視界の中で目に入った社員証には、「薬事開発課 係長(薬剤師) 金剛沢一」と書かれていた。
(開発課の係長……)
彼とは直接的な面識はないが、隣の課ということで何となく知っていた。優秀だが言葉遣いが悪いという噂だったり、ぶっきらぼうで冷酷な上司だという噂だったり。噂を鵜呑みにするつもりはないが、開発課とあまり関係がよくないせいで何となく気まずさを感じてしまう。
自分の体調も整えられないところを見られたら、研究が遅れていることをますます指摘されてしまうのではないだろうか。
そんな思いは杞憂に終わり、彼はひたすら背中を擦ってくれた。
「大丈夫だ、横になってもいい。頭は打ってなさそうだな」
こぼれたコーヒーも相まって、金剛沢はおそらく倒れたのだと勘違いしているのだろう。蹲ったまま体を横にさせれば、痛みが少しだけ和らぐ気がした。
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