ep.7

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* * * 「タバコ?」 「……御堂」  談話ルームに続く喫煙ルームの前で、御堂は金剛沢を呼び止めた。彼は驚くことはなく、静かに振り向いた。 「研究職がタバコなんか吸って実験に影響ないの?」 「別に関係ねえよ。……てか、お前こそなんでここにいんの?」 「薬研課に用があってね」  冗談めいた言い方をする御堂に返す金剛沢は相変わらず冷たい物言いだが、お前も吸うのか、と短く言って誰もいない喫煙ルームに入っていく。金剛沢がそう言う時はだいたい何か察して話を聞いてくれるときだ。それを知っているのはおそらく御堂だけだろう。喫煙ルームの窓から見える都内の景色を果てしなく感じながら御堂は電子タバコを一本取り出した。   御堂は特段、喫煙者というわけではない。どちらかというとほとんど吸わない方だが、ごく稀に、付き合いだったりストレスが溜まったりすると少しだけ吸っている。しんとした談話ルームに、常に誰か人がいる営業部のフロアと違って階が変わると人もいないんだな、と思いながら外を眺めた。 「……この前、大阪で医薬品とか医療機器関係とかの展示会があったんだよ」 「……おう」  先に沈黙を破ったのは御堂だった。同じように電子タバコを吸っていた金剛沢は短く相槌を打つ。 「営業補助として薬研課の三神峯さんに同行してもらったんだ。三神峯さん、知識は豊富だし、気配りも出来るし、営業部(うち)としてはすごく助かったんだけど」  ふう、と煙を吐き出して、御堂は言葉を続けた。 「三神峯さんが色々追い詰められてることに気付いたのに、俺は何も出来なかった。展示会から帰ってきてから追い詰められた声で電話してきてさ。俺を最初に思い浮かべて頼ってくれたことが嬉しい反面、大丈夫って根拠のない言葉で宥めることしか出来なかったんだよ。それ以降連絡も取れないし。それが、無性に悔しくて」
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