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僕は、教会の地下を後にし、ノワールに決闘状を出した。気づけば契約した魔法の力で傷も完全に癒えていたので、いつでもよかった。すると、今夜、決闘を受けて立つと好戦的なノワールからの返事が来た。僕は自分の中の魔力の高まりを感じながら、日が暮れるのを待った。
夕暮れが近づくと決闘の噂を聞いた騎士見習いたちが騒ぎ出していた。
「また、ロイが懲りずに負けに行くのかよ」
「でも、今回は事情が違うよな。ロイから決闘を挑むことなんて今までなかったし」
決闘が行われる闘技場に既に集まった騎士たちが、口々にそんな噂話で騒いでいた。
「大丈夫なの?ロイ」
シエラも駆けつけていた。とても不安そうな顔をしている。
「ふふふ‥‥今なら、ノワールに勝てる自信がある」
(今日のロイ、なんか、いつもと違うわ。どことなく邪悪なオーラを感じる)
シエラは僕に少し畏怖の念を感じているように見えた。
大怪我をした弟のサムも来ていた。
「兄さん。仇討ちかい?でもノワールは暴れん坊でとても強いよ。あんな凶暴な輩と決闘なんておっかなくて仕方ないや」
しかし、サムは大怪我したことを少し忘れているのか、いくらか楽観的に決闘を見守る様子だった。兄が、仇を討とうとしてくれるのが嬉しいようだ。僕は、この傷を負った弟のためになんとしてでも勝たなければと、剣の柄を握りしめた。
ーーそして、決闘が始まる。ノワールは警戒したのかいつもよりも重装備だった。鎧も分厚く、兜までかぶり顔も見えなかった。
「怖気付いたか?ノワール」
「ふん。お前から決闘なんて珍しい。用心するに越したことはねぇ」
両者、それぞれ、いつもの剣を構え、歓声を合図に切り結んだ。ノワールのサーベルによる強烈な袈裟斬りが襲い掛かる。僕は呪文を唱えるまでもなく自分の意思で、分厚い氷の盾を展開した。氷が砕け散るが、僕にノワールの剣はかすり傷ひとつ付けられない。
ーー氷の盾の呪文。魔導書で読み、少しばかりはできたが、自分の身を剣から守るほどの盾を作れたのは、悪魔と契約したからだと悟った。自分の独学で学んだ基礎魔術が強化されているようだ。
「なんだ!ロイのやつ。魔術師の弟子にでもなったのかよ」
「すげぇ。魔法なんて初めて見たぁ!」
騎士見習いたちから歓声が起こった。サムも熱狂している。しかし、ただ一人シエラだけが心配そうな顔を浮かべた。
(私のせいで、魔術なんかに手を出しちゃったのかな……?心配で仕方ないわ。噂で聞いたファウストとかいう怪しい悪魔使いの博士に変な契約させられてないといいけど)
しかし、決闘を止めるものはいなかった。シエラもサムも、ロイが勝てると確信したのだ。
「お前、怪しげな術を使いやがって。なんか変だと思ったぜ。決闘前からな」
「お前こそ、珍しく慎重じゃないか。鎧を着込んだりして」
「それはそうだ。言っとくけど、これは、訓練じゃねぇからな。決闘だ!」
そういうとノワールは連続で切りつけてきた。僕は間合いをとって、火を熾す魔術を使った。そして剣に炎を纏わせた。魔法剣だ。その間、2秒も経たない。僕の剣は炎を集め、熱を帯び、その刃は揺らめく炎で、激しく輝き始めた。太陽のごとく眩しく輝く剣の切っ先を、僕はノワールに向けた。敵がどう動いても対応できるように、素早く刺突を繰り出せるように、と切っ先を敵の喉元に突きつけ、ジリジリと間合いを詰めていく。
焦がすような剣の熱をノワールも感じた刹那、切っ先を少し下におろし、そのまま突き出し僕は刺突を放った。ノワールは後ろに素早く身を引き刃の先端をかわした。しかし、僕の剣の切っ先の直線上に、太陽光線のごとく、剣の刺突の輝く炎の軌跡が延長される。紅蓮の炎の光線が敵に直進した。それは、炎熱の刻印となり敵を貫き、その胸を焦がした。その瞬間、火柱が上がり、炎が巻き上がった。
「ガッ……」
ノワールは、鎧の下で熱さに悶え苦しむ。しかし、鎧がかなり頑丈なため間接的な攻撃では倒れない。
ノワールは体勢を立て直し、鋭い斬撃を繰り出してきた。ーー三連撃!
僕は、氷の盾を自分の前に、三層に展開し、一歩も動かずに防いだ。
「やばいぞ!火事になる!」
そんな試合をしている中、僕が使った炎が燃え広がってしまった。僕は魔法で熾した炎を制御できずに、火事を起こしてしまった。初歩の魔術しか使えなかった時は、小さな火を熾すのでやっとだったが、悪魔と契約してしまい魔力がいきなり増大してしまった今は、コントロールできる火力を超えてしまった。僕は慌てて、雨を降らす魔術を使った。今度は土砂降りの大雨だ。火の勢いはだいぶ弱められたが、闘技場のある宮殿の建物の、炎上して脆くなった部分は水圧で崩れ落ちてしまった。
自分の魔力で、建築物を破壊してしまい、魔法とは災害だと実感していると、ノワールが襲いかかってきた。僕は、激流の雨水を剣に纏わせた。そして、水の流れ落ちる理に乗せた、正面打を放った。切れ味が水流によって増大した、激しい斬撃の勢いにノワールの兜が割れ、ノワールの頭から、血が流れた。破壊のかぎりを尽くし、感傷に浸っている僕は、最後の、情けとして、ノワールの頭を真っ二つにはしなかった。
「兄さんが勝った!」
サムの喜ぶ第一声が上がると同時に、みんなが騒ぎ出した。
「あのノワールがロイに負けた。嘘だろ……」
「どうすんだよ。まだ火が消えてないぞ」
「屋根とかも壊れたし、弁償できるのか?」
そんなことは知らなかった。今となっては復讐なんてどうでもいい。
「ロイ。無茶しすぎよ」
シエラが心配そうに、しかし、決闘が無事終わって少し安心したように近寄ってきた。
「結局、僕は復讐という悪魔に取り憑かれていたんだな」
「そうね。少し、やりすぎたわね。普通あんなすぐに強力な魔術使えないわよ?」
「何言ってんだよ。兄さんはよくやってくれたよ」
「ロイ。あんた何したか正直に話してみなさい」
僕は、はしゃぐサムを制止し、シエラに返答した。
「ファウスト博士と会って、メフィストという悪魔と契約した」
と打ち明けると同時に、僕の影から、赤い衣のツノの生えた悪魔が現れた。
「いかがでしたか?強大な魔力を持つということは」
「ろくでもねぇな。そんなこと」
「わかったなら、あなたの魂は私がいただきます」
「絶対ダメよ!」
「そうだ。それはダメだ」
気づくといつの間にか騎士学校の教官が現れた。
「ファウストに唆されたのだろう?ロイ。あいつは、昔から、メフィストと共に、人に魔力を与えては破滅するのを楽しんでいた。そういうやつだ。今すぐ、契約を破棄しろ」
「はい。契約を破棄します」
「ふん。ロイ様。強大な魔力を失うことになるのですよ?それでもいいのですか?」
「いいさ。僕には、一緒にいてくれる人がいるから」
そう言い、僕は微笑んだ。
災害を起こすような力は人を狂わせる。僕は、そんな力、いらないと思った。しかし、契約を破棄しても、体に身についてしまった魔術が使えなくなることはなかった。捨てたはずの魔法に拾われたのである。僕はそれでも騎士を目指して、普通に生きていきたいと思った。落ちこぼれても、一緒にいてくれる仲間がいるから。落ちこぼれてもいいんだ。誰かのために生きていければ。
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