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「レイピアの素振り1000回!気を抜かずにやれ!」
騎士学校の教官がそう指示を出すと騎士の卵たちは、威勢良く返事を返し、動きを合わせて素振りをする。
「ロイ……」
僕という、1人の落ちこぼれを除いてだが。
「まだ、外庭を10周走っただけだぞ。もう、軽いレイピアの素振りもできないのか?」
「すみません……」
「お前も、ラヴィの領主の甥だから幼い頃から鍛錬を積んできただろう?なぜお前だけできない?走るのもついていけなかっただろ?」
「すみません。元々トロくて……もう疲れてしまいました」
「お前のペースに合わせていてはいつまで経っても、素振りすら終わらない。お前はお前のペースで素振りをすればいい。200本はすることだな」
「はい。ご容赦ありがとうございます」
僕はいつも、ウォーミングアップのランニングの時点から落ちこぼれていた。その度、教官に訓練を酌量されている。簡易な鎧を着ているのもあるが、圧倒的に体力が劣っているのだ。他の騎士候補生たちは3ヶ月もすればこなせるようになるのに、僕はここにきて3年も経つのにまだ、走るところから遅れてしまうほどだ。元々病弱でよく母に看病してもらい、「あなたが騎士様になるのは到底無理ね」とも言われていた。
訓練についていけないだけなら、まだいいのだが。
訓練続き、宮殿の試合訓練所に移った。ここからが地獄だ。闘技場で試合形式の訓練が行われる。各自、得物を選んで実践形式で戦う。僕は剣が不得手だ。運動神経が悪く、踏み込みやステップも遅い。だからなるべく弱いもの同士で当たりたいところなのだが。
「ロイ、今日の相手は、ノワールだ。相手にとって不足はない。心してかかれ」
「あ、あの……」
「なんだ?問題でもあるのか」
問題があるとは言えず……いじめっ子だなんて言えないよな。僕がいくらトロいからといえ、いつも、すれ違いざまに殴ってきたり、騎士剣の柄に針を仕込まれたりしたことなんて言えないよな。ノワールは偉いとこの息子で剣が立つという評価だし。
ノワールはいつも通り得意なサーベルを選んだ。訓練なのに、容赦なく対戦相手の鎧から服から体まで引き裂いていくのだ。ノワールのサーベルは自前だ。というより家宝とも言える代物だそうだ。かく言う僕のロングソードも家宝だと思っている。代々伝わる子供を過酷な訓練から守るための使いやすく鍛えられた剣だった。
「まずはお前を切り刻んでやる。ロイ」
「おっ……お手柔らかに頼みます」
僕はそう返すしか出来なかった。騎士として逃げると言う選択肢はあり得ない。
教官が見守る中、試合が始まった。ノワールは、サーベルを野蛮に構えては、激しく踏み込み、反りのあるサーベルの刃を振り回す。危険極まりない練習試合に騎士である教官さえ不安を覚えただろう。ノワールの三連撃の閃きが僕を襲う!僕は喰らいそうになった三連撃目をロングソードで受けていなした。剣技に差がありすぎる。防戦一方で敵う気がしない。そう考えているときに、ノワールの剣が僕の脇腹を抉った。
「ぐわっ……」
衝撃を受けて苦しむ僕は、ノワールがもう一撃僕の頭にサーベルを斬り込もうとしたのを見た。
「もう、やめろ。ノワール」
その瞬間、教官が止めに入った。僕は一命を取り留めたのであった。
「また、無茶しちゃって。早く降参すればよかったのに。外庭10周もついていけないんだから」
「こんなトロい男にも騎士道精神は芽生えてるのさ」
幼馴染の女の子に治療してもらいながら、会話をしている僕は、この関係がいじめられる原因であることも知っていた。彼女は、僕の家の近くの貴族の女性、シエラだ。彼女が、いつも訓練の後に怪我をした僕を治療している事実を、よく思っていない騎士候補生たちがいるようだ。
「シエラに甘えてるから僕は、嫌われるんだ。だから、もう治さなくていいよ」
ベッドから僕は起き上がろうとすると、傷が思ったよりも深くて起きれなかった。
「もう無理しないでって言ってるでしょ。そうだ。あれをやってみよう」
シエラは宝石のついたブローチに手を当て何やら呟いて傷口に触れた。そうすると、シエラの手から光が放たれ、傷がみるみるうちに癒えていった。
「今のは?」
「えっとね……騎士のみんなには内緒よ。今、魔法を少し習ってるの」
「え?魔法なんてダメなんじゃ……」
「うん。知ってるわ。ダメなことはしない。あなたの傷を見るたびに早く癒せないかな?って思ったの?それでこの癒しの魔法に出会ったわけ」
「なるほどね。どこで習ったの?」
「絶対言っちゃダメって言われてるから言わない」
「そこをなんとか」
「サティの教会の地下なんて言えないわ。そこに魔女がいっぱいいて、交流してるなんてさらに言えない」
「なんか全部言ってないか?シエラ」
「あっ……まぁ。怪しげなことには関わらないようにしてるし、私はそんなに交流してないから大丈夫なんだけどね」
「ふーん。そうなんだ。でも魔法って本当にあるんだね。すごいよ。シエラ。ありがとう」
「お役に立ててよかったわ」
「随分と仲良しじゃねぇか。お前ら」
気づけば、ノワールが医務室に来ていた。
「ノワール……」
「なんだよ。テメェ。俺が悪いみたいじゃねぇかよ。その傷のおかげで幼馴染とイチャイチャできたんだから、感謝してほしいぜ。しかし、イラつくぜ。お前みたいなトロいマヌケがシエラお嬢ちゃんと仲良いなんてな」
「ノワールだってよく女の子を取っ替え引っ替えして遊んでるでしょ!」
シエラが反論した。
「そういうところが、ムカつくからお前みたいなクソ女とは遊ばないけどな!」
そうノワールが言うと、シエラの赤茶色のボブヘアーを掴み引っ張った。
「痛い!髪の毛がちぎれちゃうでしょ!やめて!」
僕は流石に我慢できずにノワールを殴った。
「やってくれるじゃねぇか。ロイ!俺が構えてないときに殴りに来るとはテメェの重視する騎士道精神に違反するんじゃねぇのか!?」
そう言うとノワールは僕に殴りかかってくる。
「やめて!」
シエラがそう叫んだとき
「やめろ!ノワール!」
教官がノワールを羽交い締めにした。
「ノワール!お前のことは、良家の息子で、優秀だと思っていたが、教官の前で猫をかぶっていただけのようだな!」
「いえ。そんなつもりは。少し癇癪を起こしてしまい申し訳ありません」
ノワールは教官が現れ、急にいつも通りの教官に見せる改まった態度を取った。
「この件は、お前の家とも相談させてもらおうか。お前の剣技試合の態度は目に余る」
「すみません。好戦的なもので。血が荒ぶってしまいまして」
「ノワール。とりあえずこっちに来い。ロイはよく休んでいなさい。お大事にな」
手傷を負った僕はしばらく、訓練を見学していた。それと同時期に僕の弟であるサムが騎士学校に入学した。サムは僕ほど足も遅くなく、身軽なので、訓練に慣れるのも早かった。サムは訓練の要領を掴むと実戦形式の剣技試合を好むようになった。僕は幼い弟が危険な趣を持つのを不安に思った。それと自分と違って体力に問題ない弟に劣等感を抱いた。剣士としても僕よりサムの方が手首の柔軟性などがよくレイピアなど持たせたら巧みだった。
サムの待ちに待った、剣技試合の時間が来た。いつも、同年代と戦い、悪くない勝率を納めている。教官がいない中、調子に乗ったサムは誰か強いやつはいないかと威勢よく騒いでいた。すると恐ろしい剣の使い手が名乗り出た。
「俺で良ければ相手するぜ。ロイの弟君」
にこやかに笑い、いい人ぶったノワールがサムの相手を引き受けると言った。サムは上級生と戦えるのを喜び、気を引き締める。僕が、戦ってはダメだと制止するのも聞かない。
僕は、うちの家系の子供たちを守ってきた家宝のロングソードを弟に託した。ついにはサムとノワールの試合が始まってしまった。サムは長剣を慎重に構え、ノワールはサーベルを大胆に振りかぶる。ノワールが大ぶりにサーベルの斬撃を繰り出した。サムは切先ひとつ分間合いを開け、かわした。サムは攻めに転じた。サブウェポンのレイピアを素早く抜き放ち、ノワールの腕を刺した。
「痛ぇな。てめぇ。何しやがる」
完全に怒らせてしまった。
ノワールは曲刀を構え、狂い舞うようなステップで斬撃を繰り返した。サムの体が切り刻まれていく。兄として見てられない光景だった。流石に他の訓練生も見てられなかったのか、ノワールを止めに入った。もちろん僕も止めに入り、サムを抱きかかえた。他人から見ても流石にやりすぎであった。サムは、上半身血まみれになり、目も開かない状態だった。少し慣れてきただけなのに目をつけられ、ノワールという凶剣の剣士に斬られた哀れな弟に僕は兄として慈悲の気持ちを持った。と同時にノワールに憎しみを覚え、完全なる復讐心を抱いた。
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