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確かに食べていないけれど。正直すごく食べたいけれど。彼の恩義を受けるのは嫌だと、心は拒否する。
堂々と嫌がらせをするどころか、彼はまだあたしに優しくして罪悪感を背負わせようとしてくる。
「いら……いりません。大丈夫です」
あたしが今朝言ったことを彼は理解していないのだろうか。それともあたしの言う通りにはしないことが、嫌がらせということなのだろうか。
一歩後ろに下がる。プイっと顔を逸らす。
一歩前に出る。黒瀬克はあたしが逸らした顔の方向にわざと入って来る。
「あげます」「いりません」
視線をずらす。黒瀬克はあたしの顔を覗き込む。
「あげます」「大丈夫です」
「あげます」「けっこうです」
「あげます」「食べません」
芸能人とスタッフの、このいたちごっこは、誰がどう見ても奇妙奇天烈。
ゴミ袋を挟み行われるやり取りの間、相沢君は完全に傍観者になっていた。だけど、「ペン持ってます?」といきなり黒瀬克に話しかけられた相沢君は、もたつきながらペンを渡してしまい、この異様な空間に巻き込まれた。
「な、何してるんですか……」
もなかを包装しているのは紙の素材。彼が持っているのは相沢君のボールペン。香田聖菜が差し入れした高級もなかに黒瀬克は何かを記している。ありえない。何をしているんだこの人は。
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