ツー・ショット

17/48
757人が本棚に入れています
本棚に追加
/588ページ
────けれど、その番号を使う必要はなかった。仕事を終えてアパートに帰宅すると、あたしの部屋の前に黒瀬克が存在していたのだから。 「……え」 コンビニで買った水とサラダを抱えて立ち尽くすあたしの声に、彼は伏せていた目を上げる。 さっきと同じ服装だった。千鳥柄のコートのポケットに両手を入れ、黒瀬克は「おかえり」なんて声をかけてくる。 マスクはしているけれど、帽子も眼鏡も身に着けていない彼は、どこからどう見ても“黒瀬克”。数時間前、「連絡待ってる」と言ったはずの彼は、あたしの連絡を待たずして再び現れた。 「何をしているのでしょうか」 「何持ってんの」 2人とも全く違う人物に話しかけているみたいだ。見事に交差する質問に答える人は誰もいない。 「2日連続ですよ?」 「メシそれ?」 頬が引き攣る。表情を変えず、淡々と喋る黒瀬克は何もかもリセットしているみたいだ。あたしが言ったことをやっぱり何も理解していない様子。 「黒瀬さん」 芸能人が来るような場所ではない薄汚れたアパートに彼がいきなり来たことには驚いたものの、わざわざ呼び出す手間は省けた。 部屋の鍵を片手に一歩彼に歩み寄ると、二重の双眸はあたしが持つ水とサラダをまだじっと見据えている。 「お話があるので部屋に入ってくれませんか?」 「言われなくても入るよ」 「お話が済んだらすぐに帰ってもらうのが条件です」 「……」 腑に落ちないような表情は見なかったことにし、部屋の鍵を開ける。「もなか食べた?」という些細な問い掛けにも答えない。
/588ページ

最初のコメントを投稿しよう!