ナラティブの箱庭

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 (しろがね) 一郎(いちろう)が営むこの探偵事務所は、アパートの一角の小さな作りながらも、町では言わずと知れた憩いの場であった。日々の悩み事や相談を親身になって聞いてくれ、時には全力でその悩みの解決に応えようとする彼の姿勢に、町の人は信頼を寄せていた。そのため、この探偵事務所には、ひっきりなしに町の人が訪れている。 「実は、ギンダイチ先生に依頼したい事件があって……」  誰にでも優しく接し、真摯に向き合って助けようとしてくれる、そんな銀は、名探偵の名前を文字って、「ギンダイチ」というあだ名で親しまれていた。 「遠慮なく言ってください」  と、銀はまた優しく微笑んだが、向かい合って座る青年の表情からは、陰りが拭い去られなかった。 「もう、こんな事件、ギンダイチ先生にしか頼れないと思って……」  そう言うと、青年の両目から涙がこぼれ落ちた。銀はそれを見て、口角を戻し、声の調子を落として尋ねる。 「もしかして……例の、失踪事件の?」  青年の顔が、はっと上がった。 「そうなんです……! 今度は、僕の彼女が……」
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