プロローグ

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プロローグ

 1 「ではそろそろ一度、話をまとめよう」  卓を囲むうちの一人、座っていてさえも長身の黒髪の男が淡々とそう切り出した。 「ネイゲン・・・と名前で呼ぶよりガーディンのつけたあだ名のほうがわかりやすいだろうか? その場合は、『肖像(しょうぞう)絵師(えし)』になるが」  ネクタイだけはしていないが紺のスーツ姿をしたその男は、ケイトと名乗っている。  顔の印象は薄く、しかも日ごろから無感情に思われがちだが、その視線だけは別の意思でも宿っているかのようによく動く。  その目が同じ卓の席を埋めている他の四人を順々に見回した。 「ここでは名前を覚えるより早く死んでいくこともあるからねぇ。私はどちらでも構わないよ、『思索家(しさくか)』くん」  受けたのはボーイッシュなショートカットの小柄な女性。ただ、その髪も肌も瞳までもがやけに色素が薄い。ここにいる中では最も年齢的に若く思われる外見で、緑のパーカーにジーンズというカジュアルな服装だが、その言葉と態度には日頃から変わることのない余裕がある。 「どちらでも良いのならばせっかくのあだ名だ、使うのもいい。参考になった、『看視者(かんししゃ)』。・・・少し嫌味に聞こえそうだな。互いの呼び名は別にいつもと同じでいいだろう、ヴィエリー」  彼女は短い笑い声とともに了承し、そして話の先を促すように続けた。 「話題は『肖像絵師』の死についてだよね」  ケイトは頷く。 「そうだ。彼の死・・・というか殺人に関してだ」  卓を囲む者たちの表情に変化はない。予想できたことだからというだけでなく、まるで他人事のような態度。 「毎回するけれど、あなたは人の死に随分興味があるようね」 「無駄に話し続けるのはいつもどおりだけど、人が死ぬたびにその人の話をするものね」  連続して発せられた二つの声には似た響きがある。そして声を発した二人もよく似た外見をしていた。  ドレスや装飾で着飾り髪も綺麗にまとめられた二人は姉妹だという。つり目がちのほうが姉、垂れ目がちのほうが妹とケイトは記憶していた。  言葉を発したのは姉が先だ。その姉へと言葉を返す。 「話題として一般的にセンセーショナルであろうからだ。俺はこの会合に当たってそれなりにいつも話題を探している。むしろ人がこれほど近くで殺されていながら、こうして会を開いてまで話さないほうが不自然だろう」  そのケイトの主張の終わり際に短く柔らかい笑い声を重ねた男が、卓につく最後の一人。 「そんなことを言いつつ、会を開かないなんていう選択肢はないんだろう? 君は喋りたがりだからね。それに考えたがりでもある。『誰が殺したのか』を考えて喋る場が欲しいっていうのはさすがにみんなわかっているさ」  中性的な整った顔立ちに柔和な表情だが、常に陰りのようなものが浮かぶ。薄い青のワイシャツに薄い茶色のパンツはスタイルの良い細身の体によく似合っていた。 「であるなら、遠慮なく話させてもらうとしよう。・・・これが頭を働かせるのに向いた話題であるのは間違いないだろう。自分の命に関わってくる可能性も低くない。結論が出ずとも会を開いて考えてみるのもいいはずだ」  目線だけで、見渡す。  今度は誰も声を上げない。先を待っている。  卓についているのは『思索家』ケイトも含めて五人。  『看視者』ヴィエリー。  姉妹は『(ふた)()』、姉がカルネ、妹がラルカ。  もう一人の男は『良識家(りょうしきか)』ザーク。  ケイトは自分の背後を意識する。そこには席には座らず立っている者が一人いる。使用人の服を着ているのでそのまま『使用人(しようにん)』と呼ばれている者たちの一人だ。  彼女もこの場にはいるものの、会話に参加することはない。  恒例となってきているこの会合、夜とは限らないものの通称『夜会』の主催者はケイト。  だから基本的には常にケイトが口火を切ることになる。 「今回の被害者は『肖像絵師』ネイゲン。死因は当然ながら、毒だ」
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