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視界の端で、射し込んだ朝日を反射する何かを見つけた。キッチンのシンクの辺りだった。
「イジンサン!」
イジンサンを感じた気がして、私は駆け寄ってその光のもとに両手を伸ばした。
缶入りのパスタソース。
レジ袋からはみ出たたったひと缶のそれの傍らに、キャニスターに入ったパスタ。おそらく一人前くらい。
「なんでひとりで」
私達の宇宙を一緒に見たイジンサンは、もう一人で宇宙の先に行ってしまった。イジンサンはイジンサンじゃなくて、私はもう私に戻れる訳も無いのに。
既に水の張られた鍋に、テープで紙片が付けられていた。どうやらコンビニのレシート。深夜の時刻が刻まれ、品名は「ミートソース缶」と書かれている。
ひっくり返すと、レシートの裏に丸っこい字で何か書かれていた。イジンサンが、私に残してくれていたメッセージ。
「今日もアルデンテ」
茹で方のポイントを、私に教えていた。
イジンサン。なんだっていうのだ。
私はそのレシートを、ぎゅっと握りしめる。
うなだれた視線の先に、私のルームシューズが転がっているのが見えた。
赤い靴、見るたび、考える
イジンサンに、会うたび、考える
私はもうぱりぱりに乾いて黒みがかっているルームシューズを履き、鍋を火にかけた。目から滝のように流れるものに自分で驚いて、それでも私は、とにかく茹でることに決めた。
イジンサン
アルデンテ
この部屋で
「髪の毛一本分くらい、芯を残して」
- END -
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