イジンサン、アルデンテ

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   ◇  次の朝。起きると、イジンサンは部屋にいなかった。キッチンにも洗面所にも、その姿は無かった。  ここに辿り着いてからはそんな事は一度も無くて、私はどうしようもなく不安になった。  慌てて白いダイニングテーブルの上のテレビのリモコンに手を伸ばした時、気付いた。  私の両手首から、ロープは外されていた。 「○○市の医師夫婦惨殺事件の重要参考人で、行方が分からなくなっていたピアノ調律師の男が昨夜未明、遺体で発見されました」  ガサガサとした音質でテレビから聞こえるキャスターの声は、耳障りな音色だった。沢山の警察官と救急車の映る画面の奥は青いシートが張られていて、その向こう側にイジンサンがいるのだと察した。  続けて、イジンサンの青白い顔写真が画面に映る。青い瞳が、まだ私をぼんやりと見つめている。  少しして、顔写真の下に名前のテロップが現れる。私は、そこで初めてイジンサンの名前を知った。  当然「イジンサン」なんて名前じゃなくて、漢字四文字、よく聞く二文字の苗字と二文字の名前だった。  「イジンサン」は、イジンサンではなかった。
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