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ジョンは窓ガラスをコツコツとしつこく叩く音で目が覚めた。
……なんだよ! 今何時だと思ってんだ! むっとした顔でジョンはベッドから上半身を起こした。それから気がついた。
……おい、待てよ。ここは二階だぞ!
ジョンはベッドから転がるようにして抜け出すと、庭に面した窓を見た。カーテンの閉まった窓から、確かにコツコツと叩くがしている。この窓にはベランダはない。まっすぐな壁になっているだけだ。
ジョンは震える手をカーテンに掛ける。……幽霊か? それとも、宇宙人か? まだ高校生に成り立てのジョンには他の考えは浮かばない。
意を決して、さっとカーテンを開けた。
「あっ!」
ジョンはびっくりして声をあげてしまった。
窓の外に、白の縁取りをしたい赤いふわふわしたオーバーを着て、同じく赤いふわふわした帽子をかぶった、ジョンと同じくらいの年ごろの女の子が、上下にふらふらと揺れながら、軽く拳を握ったままでいる姿があった。いきなり開いたカーテンのせいか、女の子もびっくりした顔をしている。女の子はすぐに気を取り直し、窓ガラスを叩き始めた。反対の手で窓の鍵を指し示し、開けるにと言っているようだ。
ジョンは鍵を開け、窓も開けた。あまりにも無防備で不用心に思うだろうか? でも、これには理由がある。それは、女の子が可愛い娘だったからだ。可愛いは、この年ごろの男の子には正義なのだ!
「ふ~っ、ありがとう」女の子は窓から入って来ると、右手で自分の顔を扇いで見せた。「いくら外が寒くっても、こんなんじゃ暑くてたまらないわ……」
女の子は膝丈まであるオーバーを脱いだ。脱ぐと、光沢のある赤いミニのワンピース姿になった。すらりと伸びた腕と脚が、ジョンをドキリとさせる。
「……あの……」ジョンは女の子の太ももを凝視しながら言う。こんな間近で見るのは初めてだった。ジョンは喉が鳴らないようにするだけで精いっぱいだった。「君、誰?」
「誰って……」女の子は呆れた顔でジョンを見つめる。それから笑い出した。「あははは! 誰って、分からない? この時期に赤い服を着て家々を回るって言ったら、もう決まっているじゃない!」
「この時期……」ジョンはカレンダーを見る。それから驚いた顔を女の子に向けた。「え? じゃあ、まさか、サンタクロース?」
「そう、その通りよ」女の子は胸を張った。豊かなふくらみが強調される。ジョンは喉が鳴らないように頑張る。「ま、正確に言うと、サンタクロースの孫娘ってところかな」
「……そうなんだ……」
「あ、疑ってるぅ!」女の子はぷっと頬を膨らませると、窓の外を指した。「見てごらんなさいよ! トナカイのそりが浮かんでいるから!」
ジョンはちらと外を見る。室内を覗き込んでいるトナカイの一頭と目が合った。トナカイがにやりと笑ったように見えた。
「……わかった、わかったよ。君はサンタクロースの孫娘だ……」
ジョンが言うと女の子はにっこりと笑う。……可愛い。ジョンは思った。その一点で、すべての理不尽な局面は凌駕され払拭される。
「それで、どうして孫娘の君が?」
「そんな言い方やめてよね。わたしはエリーズって言う名前があるのよ、坊や」
「ぼくだって、ジョンって名前があるんだ!」
「あら、そう? じゃあ、ジョン、あなたにプレゼントを持って来て上げたわ」
エリーズはそう言うと窓まで行った。窓の外のそりに乗っている袋の口を開け、綺麗にラッピングされた長方形の箱を取り出す。それを持ってジョンの前に戻った。
「はい、これ」エリーズは無造作にジョンに差し出した。「あなたがサンタクロースを信じようと信じまいと、プレゼントは渡さなきゃならないの」
「サンタなんて、どうせ親が夜中に枕元の靴下に出来合いのプレゼントを押し込んでおくものだと思っていたよ。ま、ぼくの家じゃもう何にもやらなくなっちゃったけどね」
「そう、ここ何十年とそうなっているんだけど、本物のサンタクロースにプレゼントをもらえる人もいるのよ。だんだんと少なくなっているんだけど」
「じゃあ、何でぼくの所へ? ぼくは、信じていない側の人間だけど…… それに、どうして孫娘が配って回るんだ?」
「実はね、このままじゃ、サンタクロースが存在しなくなっちゃうの。みんなが望まないものは消えるしかないでしょ?」
「そんなに信じない人が増えているんだ……」
「そうなのよ。そこで、今年はサンタクロースが配り回る姿を見せようってことになったわけ。本物がいるんだぞって見せつけるためにね。サンタクロース協会で決まったの」
「そんなのがあるんだ……」
「当り前じゃない! 一人で世界中回れるわけないでしょ! 頭悪いわねぇ……」
ジョンは憮然とした。でも考えてみれば納得できる話ではある。世界中を何人ものサンタが忙しく飛び回っている姿をジョンは思い描いてみた。
「でも、君は孫娘……」
「そうなのよ。この区域担当のサンタクロースが風邪ひいちゃって。わたしのおじいちゃんなんだけどね。それで、どうしてもって言われて、代理でやってるの」
「大変だね……」
「そう、大変なのよ! そりだってまだ十分に扱えないし、今は煙突のない家がほとんどで、こうやって窓を開けてもらわなくちゃならないし、煙突があったらあったで、全然掃除してないから入りたくないし…… 真っ黒になんかなりたくないわ!」
エリーズはぷんぷんと怒っている。……怒られてもなぁ。ジョンは思った。でも、確かに大変そうだと同情はする。
「じゃあさ、ぼくに何かできることはないかな?」
「えっ!」エリーズは驚いた顔でジョンを見つめる。しばらくすると、エリーズの目から涙が溢れてきた。「……ありがとう…… 強がっていたけど、本当は心が折れかかってたの……」
エリーズは、すんすんと泣きながらジョンの胸に顔を預ける。ジョンは、以前見た映画のワンシーンを思い出しながら、ぎごちなく腕を上げてエリーズの肩をぽんぽんと軽く叩いた。
「じゃあ、配るのを手伝ってくれる?」エリーズは顔を上げ、ジョンを見つめる。「まだまだ残っているんだけど……」
「ああ、お安い御用さ!」ジョンは力強く言った。「着替えるから、外のそりで待っていてくれ!」
「ありがとう……」エリーズは窓から出ながら振り返った。「外は寒いから、暖かくするのよ、ジョン」
「ははは、ママみたいな言い草だな」
ジョンはいそいそと着替えを始めた。
「ホー、ホー、ホー」そりに座ったエリーズはトナカイの背を軽く叩きながら小さく笑う。「協会の提案通りじゃな。ちょっと可愛い娘ちゃんに化ければ、男って言うのは扱いやすいものじゃ。そうじゃ、今は地上は男女平等とか言っておるからな、来年はイケメンの孫にでも化けて女も配達に使うってのはどうかと、協会に提案してみるか……」
エリーズは、いや、エリーズに化けたサンタクロースは、勇んで窓から出てきたジョンに、飛び切りの笑みを向けた。
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