そして、また。

1/1
前へ
/1ページ
次へ
いつもの河原、河川敷とまではいえない場所で、原っぱに座りただ川を見ていた。 月曜日の午後14時23分。爺さんが背後の道でとぼとぼ歩いていたり、保育帽子を被る小さい男の子が母親と和気藹々と歩いている。100メートルぐらい右にある橋の道路は、車はあまり走っていない。まばらに通るぐらい。 今日仕事をやめた。 理由はまぁ色々あるけど、満員電車が辛いのと、人間関係が辛くなった。同僚との息詰まるやりとりや、どうしても下手に出てしまう僕の嘘の優しさに漬け込む色んな人との関係性。こうしてみると満員電車は確かに辛いけど、7割ぐらい人間関係がやっぱり辛いからやめた。 5年前の大学4年の時、夢がなかったからとりあえず就職することにした。けど毎日会社に行って、やりたくもない仕事をして、それで人生終えるのはしたくないと思っていた。だって世界には、難民や生きるだけで大変な人々、紛争地帯にていつ殺されるか震えている人などごまんといる中で、僕が住んでる日本はめちゃくちゃ幸せなわけであって、その幸せを享受しながら会社に出勤し、仕事終わりに同僚とたまに上司の愚痴を言って、呑んで、笑って、休日には好きなバンドのライブなんか行って盛り上がり、好きな人ができたらそれなりに結婚して、子供ができて幸せでっていうのは嘘で虚構の幸せであって、それで本当に笑っているってのはおかしいと思っていた。だがだからといって、特段何か行動を起こしているわけでもなかった。 あとまぁ、今はある程度収まったコロナウイルスが、あの時は世界的に流行っていたため、僕は大学に入るやいなや3年生まで基本的にオンライン授業をしていた。そのせいだから家でSNS動画を見たり昼寝をしたり、週2日のバイトに行っては日々をやり過ごしていた。 …そのせいだからは、また言い訳だ。よく母に言われていた。今なら確かに言い訳だなとわかる。何か行動すればよかった。 なんか色々思ったけど、こんなこと思って結局いつも僕は自分のために笑ってるし、行動も起こさず傍から世界を悲観する人だった。 ボケッと焦点の合わなかった目を川に戻した。川のせせらぎなんてない、普遍的な水が流れている状態のものを見ていた。 なんとなく横に人が座っているのをふと感じた。視線を横にやると、少年が3メートルぐらい横に座って川を見ていた。座り方は、体育座りとまではいかないが、少し傾斜があるこの草の土手にしては手を足の上で組んで、子供の作法にしてはそれなりに、座っていた。 普通の人より驚きやすい自覚のある僕なので、これには少しおっ…と驚いたが、なんてったって仕事をやめた僕はいつもより世の中をどうでも良く感じていて、いつもよりは驚かなかった気がした。 また視線を川に戻した。でも横の少年がどうもむず痒くなって、ぼーっとして川を見る事はできなかった。 そんな状態で約1分を経過した。それなりに社交心がある方だと思っている僕でも、警戒心と変に飾っている性格から、顔見知りぐらいの他人なら、声をかけるほどではなかった。が、仕事をやめてきた僕は、なんかもう色々どうでも良かった。それになんか気になった。だって今はまだ学校とかじゃないのかなと思った。 「少年」 声をかけた。なんか色々言い方はあったかもしれないが、これも調子に乗りやすい僕の癖だった。少年は僕の方をそっと向いた。顔はそこら辺にいそうな、少し気の弱そうだけど、どこか顔に寂しさを感じた。 「少年、学校じゃないの」 得意げに、大人感を出した声色は、まさに変に飾っている僕の象徴ともいえた。 「、あるよ」 少年は最初の一瞬の沈黙後に、普通にこう言った。 「今日休んだりしたの?」 僕はまた聞いた。 「…したっていうか、抜け出してきた」 「まじか」 学校を抜け出してくるなんて、ドラマやアニメの世界にしかないシチュエーションだと思っていただけに、ちょっと驚く。ただ、そんな行動力を持ち合わせている少年に、ある種の羨ましさを感じた。 野原は少し風で揺れ、太陽が雲で見え隠れするために、僕等は日光に当たったり、影に包まれたりする。 「…まぁ、なんで学校抜け出したの」 「…特に、理由はないけど、なんとなく疲れたから」 少年はさっきから川ばかり見て、たまにこっちを視たと思えば、目線は合わせないで僕の頭の方を見る。 なんとなく少年が、少し早い思春期特有のこじらせから、学校を抜け出してきたのかと推測できた。 「まぁ、色々あると思うけど、学校も悪くないから行っといた方がいいと思うよ」 口からでまかせに言った言葉は、それとなく文を構成していて、薄っぺらなものだった。 「、、」 少年は何も言わない。 「、、なんかさ、」 少年は言う。 「なんか…色々優しくしてた人にさ、色々いじわるされて、なんかさ、なんかもう嫌だ」 少年はどこか悔しそうな表情で下を向いた。言葉の語尾に少し泣いているのかなと思うようなものを感じた。 でも少年は僕と違って、しっかり自分の言葉を考え、それでいて出てこない言葉にしても、自分に対して真摯でいる気がした。 「…あー、そうか、」 普通、こういう場面は、大人として何かアドバイスをするはずだが、少年と自分の対比で感じた一瞬の情けなさに、大人として出る言葉が出なかった。 沈黙が流れる。河原に座る男と少年は、二人曖昧な距離感でいる。雲がゆっくり流れている。 ヴォーン…。まばらに聞こえる車のエンジン音が河原を薄く包む。 「人間関係辛いよなぁ」 大人に戻った僕は言葉を出した。自分にも言い聞かせるように。 「…でも、優しくするっていい事だから。優しくしたなら少年は悪くないよ。」 「…」 「でも色々なものに優しくしてたら、疲れるよねぇ」 「…」 「自分の好きな人にだけ優しくしろっていうけど、中々難しいしねぇ」 「…」 少年は僕の言葉に応答せず、下を向いたり川を見たりした。大人の僕は、おねぇ口調みたいな文言で、少年を一人前に諭していた。これに気づいた。またかっこつけていた。 「、、優しくしてたら、、いいことあるかな」 少年は急に、ボソッといった。けど僕にははっきり聞こえた。 「、、あるよ」 一呼吸置いて僕も言った。 すると少年は、子供がもてるであろう精一杯の責任をもった目になって川を見ていた。違うかもしれないが、そう見えた。僕も川をみた。 「、、また、頑張る」 少年は言った。 「頑張れ」 僕も応援した。 少年は、ふと立ち上がった。そして僕の顔をみた。 「じゃあね」 そう言う少年の顔に清々しさと寂しさを二つ感じた。 「じゃあ」 少年は僕の言葉を聞くと、河原をスタスタと登り、僕がきた道とは逆方向に走り出していった。 僕は川を見た。橋は車が走っている。変に感傷に浸っていることに気づいた。でもそんなこと無視した。 ぼーっとする。 河原に男の1分間が流れた。 ふと、立ち上がった。 河原をスタスタと登り道に立った。 道はすーっと広く、人の姿はなかった。 ふっ、と走り出してみた。 一応背後の道を、ちいさく走って帰った。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加