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累奈も大概だが、桜も相当口の軽い――というか、お喋りな人間である。交友関係も広い。一週間も過ぎる頃には、学校中で“白い体操服に赤い帽子の走る男の子”の幽霊が出るという話が持ちきりになっていた。次第に累奈、桜以外にも見たという人がぽつぽつと現れ始め、今や話題の中心と言っても過言ではないほどである。ひょっとしたら、SNSなどでも話が出回っているのかもしれなかった。しまいには、彼を見るとテストでいい点が出せるだの、金運がアップするだのといった変な尾ひれまでつく始末である。
「そういえば、先輩。あの男の子のオバケなんですけど……」
ある日。累奈が部室で文芸部の部長である三年生の比叡先輩にそう話しかけると。イケメンながら気難しいキャラで有名な彼は、むっすりと怒ったような顔で返してきたのだった。
「その話を俺の前でするな。何回も言ってるだろ」
「もう、何で嫌がるんですか。もうみんな知ってるんですよ?私だけが見たわけじゃないし、今の流行みたいなもんっていうか。幸運を齎してくれるなんて噂もあるくらいで……」
「お前はホラーが好きなのに、気づいてないのか」
彼は読んでいた文庫本をぱったりと閉じた。
「お前が、校庭で少年の幽霊を見たと言い出したのが最初なんだろ?それを、春日に話した結果、春日とお前の目の前で幽霊が出て、春日にもそれが見えた、と」
「それが何か問題でもあるんですか?」
「大ありだ。その後、春日がイラストを描いて部室に貼ろうとして副部長に怒られてすぐ剥した。でもイラストはみんなが見た。そして春日はスピーカーだからな、とにかく自分が見たものをいろんな奴に話しまくっただろう。その結果、爆発的に幽霊の目撃情報が増えた。どういうことかわかるか」
春日、というのは桜の苗字である。困惑する累奈に比叡は言った――認識災害だ、と。
「誰かがその幽霊とやらを目撃して、その詳細を誰かに話したり絵を見せたりして情報伝達すると。幽霊の特徴を知った人間にも、同じものが見えるようになる。しかもみんな、何故か“あからさまな幽霊”なのにちっとも怖がらない。良い物だと思い込んで積極的に周囲に広めようとしている。立派な認識災害で、ミーム汚染だ。……俺は気づいて、少年の特徴に関する情報を可能な限りシャットアウトしているが、それもいつまでもつやら」
彼は疲れたように、深くため息をついた。
「もう遅いかもしれないけど、これ以上無駄にその話をするな。そいつ、の目的がただ自分の存在をみんなに知って欲しいというだけならともかく……それ以外に目的があるなら、もっと悪い事が起きる可能性もある。そもそも、人じゃないからといってそいつが幽霊だという保証もない。もっとヤバいものかもしれないって危機感くらい持った方がいいだろうが、仮にもホラー作家志望なら」
「むー……」
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