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第一章
彼女と出会ったのは、公孝が物心つくかつかないかのころ。
古くて大きいばかりの日本家屋。うすら暗くてなんとなく好きになれない。そう思っていた自宅の一角、最北の畳敷きの部屋に彼女はいた。
その部屋は両親からあまり近づかないように言われていた部屋で、いつでもきちんと入口の襖は閉ざされていた。
けれど襖だから鍵はかからない。近づかないようにとは言われていたけれど、積極的に閉鎖されている様子はなく、護符らしきものも見えない。
ただ、古びた襖がきっちりと閉められている。それだけ。
そんな状態の開かずの間、開けるに決まっているだろう。
冒険心旺盛だった公孝も当然そう思い、その襖を開けた。
部屋の中を見て公孝は立ちすくむ。
障子を透かして差し込むわずかな陽光に照らされ、無数のおもちゃが並べられていた。
日本人形、まり、お手玉、ビー玉の満たされた瓶、おはじき……。
狭く少しかび臭く感じられる室内に数多の色がひしめいていて公孝を圧倒した。
そしてその室内の真ん中。赤い布張りの座布団に正座して、彼女がいた。
「開けちゃダメって言われても開ける。岩井の子は皆、仕方ない子ばかりね」
そう公孝に声をかけたのは、歳の頃、十二、三歳か。さらりとした黒髪を肩の上でばっさりと切り、赤い着物に黒い帯を合わせた、和装の一人の少女だった。
「僕のこと、知ってるの?」
岩井、というのが自身の苗字であることに気づき、恐る恐る尋ねると、彼女は手近にあったお手玉を宙に放りながら、赤い唇をにいっと引いて微笑んだ。
「当たり前でしょう。私は岩井の家の守り神なのだから」
守り神。
意味がわからず固まる公孝に彼女は淡々と説明してくれた。
「君の血筋はね、神霊が見える血筋なの。見えるからこそ、君の一族は私たちのような神を敬い祀った。それは丁寧に。その礼に私はここで君たち一族を見守っている。ずっと」
「ずっと……って? 何日くらい?」
舌っ足らずに尋ねた公孝に、彼女はころころと笑った。
「何日じゃないよ。君が大人になって枯木のような年寄りになって骨になって墓に入って……を五回繰り返すくらい、と言えばいいかしら」
正直、彼女の言うことはまるでわからなかった。
けれど疑問に思うこともあった。
「どうして一人でこんな寒いところにいるの? 見守るならみんながいるところにいればいいのに」
無邪気に発したその言葉に彼女はわずかに瞳を陰らせてから、そうね、と笑った。
「あのね、君の血筋は見える人の血筋と言ったけれど、もう今や、見える人はいないの。君だけかな。私が見えるのは」
「そうなの?」
目を丸くした公孝に、彼女は微笑んで頷いてからささやかな声で続けた。
「子どものころは見えることが多いの。けれど十五を過ぎたころからか、段々見えなくなる。多分、君もやがて私が見えなくなるわ」
「よくわかんない」
「わからなくていいの。ただ、私とあなたは違うものだから一緒に過ごさない方がいい。ここにももう来ちゃだめよ」
そう言って彼女は公孝の頭をそっと撫でた。
優しく細いその手は母の手とも、幼稚園の先生の手とも違って頼りなく感じられた。
「じゃあ、行くね」
そう言って振り向いた先、彼女は大きな黒い目を細めて微笑んだ。
どうしようもないくらい寂しい色をした瞳だった。
もう来ちゃだめ、そう言われていた。
けれどずっと忘れられなかった。彼女の笑顔が。襖を閉める寸前に見えた、彼女のあの深い沼を思わせる瞳が。
だから、公孝は彼女からの言いつけを破った。
再び襖を開けて顔を出した公孝に、彼女は驚いた顔をした。来ちゃだめって言ったのに。そう零した彼女の声にわずかに熱を感じた気がして、自分の選択は間違いではなかったと公孝はほっと胸をなでおろした。
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