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第二章
あれから、十年以上経つ。
「今日さ、直人に相談されたんだ」
学校から帰ってすぐ、北の部屋へ向かう。制服の襟元が窮屈で指先で軽く風を入れながら彼女に学校での出来事を話すと、彼女はビー玉を床にばらまき、細く白い指で一つをはじきながら、なにを? と問い返した。
「好きな子ができたから協力してくれって」
「素敵ね」
彼女はおっとりと返す。その彼女の顔を公孝は見返す。
白く整った人形のようなその顔。初めて会ったときから変わらない美しい人。
彼女は知っている。公孝が次に言う言葉を。そして公孝も知っている。その言葉を受けて彼女が返す台詞を。
それでも公孝は言わずにいられない。
「俺はあなたが好きだよ」
顔を床のビー玉に向けたままの彼女から、ふっと笑うような声が聞こえた。
「だめよ。あなたはもうすぐ私が見えなくなるわ」
言われて公孝は口を噤む。
気づいてはいた。十五の誕生日を迎えたころから、彼女の姿が少しずつ透けてみえるようになってきていることに。
透明度が日増しに増していっていることにも。
最初は言わずにいた。気のせいと思いたかった。彼女に気づかれたくもなかった。
けれど彼女はやはり神だった。公孝の異常にいち早く気づいた彼女は薄く笑って言った。
「あと、半年くらいでお別れね」
彼女がそう言ってから三か月。彼女の体の向こうにある日本人形の表情さえ見えるようになってきて公孝は狼狽した。
「ねえ! どうしたら俺はあなたと一緒にいられる? どうしたら俺は」
彼女は答えない。触れることも叶わない彼女の前に座り込み、彼女の顔を下から覗き込むと彼女は視線から逃れるように顔を背けた。
「無理なのよ。諦めなさい。辛いのならもうここには来なければいい。そのまま私のことは忘れなさい」
「忘れられるわけないだろ! 俺はあなたが」
怒鳴った公孝を彼女がふいにきっと睨んだ。
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