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「パパ、帰って来ないねぇ」
ぽかぽかと温かな休日の昼下がり。
リビングで一花の宿題を見ていた私は、
「そうだねぇ」と呟いて部屋の時計に目
をやった。
時刻は13時をちょっと過ぎた辺りで、
彼が買い物に出てから一時間近く経って
いる。歩いて5分のスーパーまで私が
お使いを頼んだのだ。そのお願いは、
先週、彼にしたことと同じで、その時
は何の問題もなく買ってこられた。
「卵と牛乳を買ってきてくれるかな?」
「わかった。卵と牛乳ね」
透明のケースに入れられた財布とメモ
用紙を受け取ると、彼はひらりと手を振
って玄関を出て行った。その表情はしゃん
としていて、特に心配することもなく、
私はその背中を見送ったのだった。
けれど、このところの大ちゃんは、
調子の良い日と、悪い日で、出来ること
に波が出始めていた。だから、調子の良
い日は仕事帰りに一花のおやつをコンビ
ニで買ってきてくれたり、休日の朝ご飯
にパンケーキを焼いてくれたりもする。
けれど、調子が悪い日は朝から機嫌が
悪く、些細なことで怒ったり、薬を飲ん
だことを忘れてしまったりで、ひやひや
する場面が多かった。
ゆっくりとゆっくりと、けれど確実に
病魔が彼から「自分らしさ」を奪ってい
る。そんな悲しい現実を受け止めるのが
辛くて、私は意識して彼に用事を頼むよ
うにしていたのだった。
まさか、道がわからなくなってしまっ
たのだろうか?それとも、事故???
私はいまさら不安になって、携帯に手
を伸ばした。その時、手の中の携帯が
着信を告げる。痛いほど心臓が跳ねて、
私は一花と顔を見合わせた。
二人して液晶画面を覗き込めば、そこ
には、見知らぬ番号が表示されている。
――まさか。
一瞬、怖ろしい予感が頭を掠めた私は、
ごくりと唾を飲み込みながら、震える手
で応答ボタンを押した。
電話の声は男性だった。
「……もしもし」
「私、スーパーサイヤスの塚越と申しま
すが、門倉大壱様の奥さまの携帯でお間
違えないでしょうか?」
「はい!間違いありません」
――やっぱり何かあったんだ。
そう確信しながら、私は携帯を握り
しめた。
「実は大変申し上げにくいのですが、
ご主人が万引きをされまして、只今私共
の方で身柄を保護しているんです」
「主人が、万引き?」
「はい。先週も代金を支払わずに同じ
ものを持って店を出ようとしたので注意
したのですが。失礼ですがご主人はご病
気でいらっしゃいますよね?身に付けて
いたヘルプマークにそう記載されていた
ので、前回は注意のみで済ませたのです
が。お手数ですが、こちらまでご足労願
えますか?ご主人が代金は支払ったと言
って、認めてくれないんです」
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