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「分かった、俺しばらく東京に住むわ」
移動する中、一番車道側を歩いていた郭の言葉に、東京人二人は思わず足を止めた。
「はあ!?」
「え?!」
「つーわけで、ちょっとここに寄っていくわ」
指さした先の看板には『一人暮らし歓迎!』の文字と、不動産会社のキャラクターが描かれている。
「ちょ、ちょっと郭!?授業があるだろ!?」
「週一でいけるから、新幹線乗ったらいける」
「いやぁ何この関西人、突拍子無さすぎるよ……」
「そんな大事な事、一人で決めていいの?」
「自分の事は自分で決める!それが大人ってもんや」
ガラスウインドウの前でもたもたしている三人を、中にいる営業マンが手招きしている。
それに応じようと店内へと進む郭の袖を、多和は引っ張った。
「待って待って、だいたい結構家賃するよ?!」
「……なんぼなん?」
金に関する事にはシビアである。
「――どこにどれくらいの間取りで住みたいの?」
足を止めた郭に、畳みかけるように空が訊ねる。
「えーっと、やっぱり築年数新しくて、駅近がええなあ。せっかく東京住むんやから東京駅の近くとか?あーでも六本木とか憧れるなぁ。いやいや、やっぱり渋谷とか池袋とか……」
「んーっと、参考までにこれ見てごらん」
「なんやなんや……お、ええやん駅まで五分、月々五万……ん?!風呂トイレ共有?!三畳!?せま!なんやこれ?」
空から手渡されたスマホを覗き込む郭の表情がみるみる変わっていく。
「あとはー……これとか」
「えーっと、お、渋谷ええやん!駅徒歩五分……ん?賃料29万……???ど、どんな豪邸や!……え?2DK??は?大阪やったら一軒家余裕で借りれるわ!
東京ってなんやねん!」
あまりの高さに震える郭からスマホを取り上げると、空は憐みの目を向けた。
「いい?東京の地価は馬鹿高いの。僕んちみたいなセレブとか、多和先輩みたいな元々住んでるみたいな人以外は狭い賃貸に住むの。それが普通なの」
「うーん……高いとは知っとったけど、ここまでとは…かくなる上は五万のとこに覚悟決めて……!」
不動産会社の自動ドアへと一歩踏み出そうと足をあげた郭の後ろから、多和が声をかけた。
「郭、潔癖な所あるけど、風呂トイレ共有で大丈夫なの?」
「ひっ……そうやった!」
くるりと踵を返し、あげた足を降ろす。
「ううっ……俺は東京に住まれへんのんか……!」
項垂れる郭から少し離れた所で多和が空に耳打ちする。
「ちゃんと探せばそこそこの家賃で良い所もあるでしょ?」
「もちろんです!でもそうするとアイツ本当に東京住むじゃないですか。そしたら多和先輩と僕との時間が減っちゃうでしょ?」
「……なるほど」
しばし考え込んだ後、今度は郭にこう聞いた。
「どうして急に東京に住むなんて事になったの?」
「そ、それは……」
(い、言えへん!強力な空というライバルがいる事が分かって焦っているなんてダサすぎいえへん!)
「さ、最後のモラトリアムを、多和と過ごしたいなって……」
「……なるほど」
心なしか嬉しそうにふっと笑うと、多和はまた黙り込んだ。
「まあ、郭がいると楽しそうだし。急に来られるより良いか」
「お、俺とおると楽しいんか?!つーか何が良いんや?」
「俺のとこ来る?」
「え?!い、いきなりええんか?!」
「ぎぇ?!せ、せせせ先輩!?」
真っ赤になって焦る二人に、多和はきょとんとしかしない。
「どうしたの?俺のとこ最近改装したシェアハウスなんだよね。入居者俺しかいないんだ 」
「シェアハウスか……!ん?!でも二人っきりってことに変わりないよな?」
「家主は父さんだけどね。俺に甘いから、俺が気に入った入居者しか入居させないって行ってて。郭ならまあ大丈夫でしょう」
「おじさんに俺好かれてる自信ないねんけど……」
「小さいころから知ってるし」
「そうかなあ」
「まあ俺が言えば大丈夫だよ。キッチンだけは共有で、風呂とトイレは個人のものがあるから良いかなと思ったんだけど……」
「や、家賃は?」
「4万五千円だよ」
「よろしくお願いします」
「はい、よろしくされました」
頭を下げる郭に、ふふふ、と多和は笑った。なんとなく良い雰囲気が気に入らないのは空だ。
「ちょーっとまーった!僕も住む!」
「え、空も?」
「僕だって親からそろそろ一人暮らしって言われてて!丁度良いし!」
「丁度良いのかな?」
「良いんです!……だ、駄目ですか?」
「うーん……良いよ」
「やったー!」
「お前もくるんかいな!ほんま邪魔しいやなあ」
「アンタと先輩を二人っきりになんてさせるもんか!」
「なんやと!ぽっと出のくせに!こっちは昔っからの縁があんねんぞ!」
「幼馴染ルートとか古い!今はハイスぺ年下男子が流行りなの!!」
「知るかぁああー!」
二人のやりとりを見て、シェアハウスに誘ったのは早計だったかもしれないと、多和は後悔したのだった。
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