DOMYOUJI

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 満開だった桜がひらひらと散り、生命力漲る緑の葉が目立つ頃。多和のシェアハウスに二人の入居者が加わった。  あらかた荷ほどきを終えたのは、春茜だった。  なんだろうが引っ越しには蕎麦がいるだろうと、言い出したのは郭で、それに喜んだのは空はうきうきと蕎麦を買いに最寄りのスーパーに出掛けていた時、郭はあるものを見つけた。  多和からあまり自炊をしないと自己申告を受けていたものの、蕎麦に使えそうな食材を探すため、キッチンの共有冷蔵庫を開けてみる。そこにはお手軽にカロリーを摂取できるゼリーや栄養ドリンクとコーヒーや炭酸水、あとは数本のアルコールしか入っていなかった。  気を取り直して冷凍庫を開けてみる。  数種類のアイスと、酒を飲むときに使うロックアイス。冷凍の枝豆と肉まん。……その横にラップで包まれた赤い物体を見つけ、引っ張り出してみる。 「かまぼこって冷凍できるんや?」  独り言に疑問符をつけつつ、蕎麦の彩りが良くなったと喜んで皿に乗せた。 「地味なかまぼこやなぁ……全部ピンクやん。やっぱ関東と関西じゃ文化が違うんやろな」  空が帰ってくるまでに自然解凍は間に合わないだろうと、皿をレンジに入れようと持ち上げた。 「ちょ、ちょっと何するの?!」  二人の歓迎会だからと、自室から取ってきたお気に入りの日本酒を抱えた多和が声を張り上げた。 「何って、レンチンしよっかなって」 「それは自然解凍が美味しいと思うよ?」 「空が帰ってくるまでに間に合わんやろ?」 「お蕎麦の後くらいなら解凍されるんじゃない?」 「蕎麦と一緒に食べたいやろ?」 「え?!」 「な、なんでそんな驚くねん」 「それは大阪の人皆がそうするの?それとも郭個人の趣味?」 「蕎麦にかまぼこって関西のもんやったんか?!」 「かまぼこ?」  きょとんと目を丸くした多和はとても可愛いくて、郭は一瞬言葉を忘れた。周りからは目の上のたんこぶだと言われ続けた存在だが、郭にとって多和はライバルというよりは憧れだった。追い付きたくて、並びたい、疲れた時は肩を貸したい。そういう相手だ。 「ただいまーって何この雰囲気」  洒落たエコバックから不釣り合いなネギが顔をのぞかせながら、帰宅した空のツッコミに、困惑する多和、言葉を失っていた郭の時間が動き出した。 「なあ空、ちょっと聞きたいねんけど、蕎麦にかまぼこ入れるやんな?」 「ん?暖かい蕎麦が良いの?僕冷たいのが良いんだけど」 「え?まだ夜寒いから蕎麦は暖かい方が……やなくて、あったい蕎麦にかまぼこ入ってても変ちゃうよな?」  帰宅早々の意味不明な問いに眉を寄せながらも、めんどくさそうに空は頷いた。 「入ってても変じゃないよ」 「ほらな、空もこう言ってるし。俺はあったかい蕎麦食べたいから、このかまぼこもらうで」 「え、それかまぼこじゃないよ?」 「はい?」 「やっと郭が何を言ってるのか分かったよ。すあまをかまぼこと勘違いしたんだね」  安堵したように眉を下げると、郭の手からひょいと皿を取り上げた。 「す、あ、ま?何やそれ?」 「え?この和菓子だけど……?」  聞いたことのない名前に首を捻らす郭に、何故伝わらないのだろうと多和が首を傾げると、長めの髪が揺れて、大量のピアスがちらりと見えた。 「あ、わかりましたよ先輩。関西人にはすあまは分からないみたいです」 「え?!」 「そもそも関西にすあまが売ってないぽいです」  スマホをタップしながら空は説明を続けてくれる。 「関西人にはこの形のすあまは、かまぼこに見えるらしいです。和菓子なのに文化が違うって不思議ですね。他にも桜餅も違うみたいですよ」 「え?!」 「見せてや!」  空のスマホを覗き込むと、道明寺タイプの桜餅と長命寺タイプの桜餅の画像が並んでいた。 「なんやこれ……?」 「へえ、道明寺が関西の桜餅なんだ。初めて知った」 「待て待て、こんなかすっかすの皮に包まれたやつより、もち米がたっぷり入ったこっちの方が腹もちもええし、美味そうやんか」 「そう?道明寺も美味しいけど、桜餅も美味しいよ」 「せやから桜餅はこっちやって!」 「桜餅はこっち!」  今年一番バカバカしい言い合いを始めた年長者二人にそれはため息をついた。 「はいはい。じゃあ僕が両方買ってきますから、みんなでどっちが桜餅の名に相応しいか決めましょう」  洒落たエコバックから買ってきた蕎麦、ネギ、そばつゆを出すとしゅぱっと畳んで、空は再び外に行ってしまった。 「――いや待ってや、関西人俺一人で関東人二人やったらこっちが不利やん!」  郭が勝負の不平等さに気付いたが後の祭り。どちらの桜餅も美味しかったが、郭は数の理に負けたのだった。
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